親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

宗教法人浄土真宗親鸞会 高森顕徹会長・過去の著作の剽窃問題について・コメントまとめ

目次

あまり知られなくなった高森顕徹会長の剽窃問題

宗教法人浄土真宗親鸞会高森顕徹会長の著作に、他人の著作からの剽窃がいくつも有る点についての記事です。
このことは、親鸞会情報がネットでいろいろと書かれるようになった2000年頃から見ている人には周知の事実でした。しかし、現在会員や最近脱会した会員でそのことを知らない人が多いです。またその頃からいろいろとネットで書かれたまとめサイトやブログも今は読めなくなったものもあります。
最近脱会された元会員の方から「こんなことを知っていたらもっと前に辞めてた」という話を聞きました。

そこで、この記事では、当ブログのコメント欄で猿松さんが書かれた剽窃問題についのコメントをまとめて記事にします。



高森顕徹会長の著作について

今回この剽窃問題に関係する著作は以下のものです。
白道燃ゆ」「光に向かって」「会報」

白道燃ゆ」
白道燃ゆ」高森顕徹
内容紹介

この本は、1974年(昭和49年)8月初版の本です。内容は、機関紙顕正新聞高森顕徹会長が十数年にわたって書いてきたコラム記事をまとめたものです。
1万年堂出版が設立される2000年(平成12年)以前は、親鸞会の書籍は書店で販売される事はなく、高森顕徹会長の法話会場に設けられる「法語コーナー」でのみ販売されていました。
ただこの「白道燃ゆ」は発刊後「白道作戦」と称して、講師部員や会員が戸別訪問で各地で販売をしていました。

「光に向かって」
「光に向かって 第一集」高森顕徹
「光に向かって 第一集」目次より

この本は、第一集が、1985年(昭和60年)12月に発刊され、続く第二集が1990年(平成2年)7月に発刊されたものです。
内容は、白道燃ゆと同じく機関紙顕正新聞高森顕徹会長が連載していた同名の説話・小話集です。
この本も以前は「法語コーナー」で購入可能でしたが、1万年堂出版から「光に向かってシリーズ」が発刊されると同時に絶版となりました。
現在上記写真の本を入手することはできません。

「会報」全五集
「会報」高森顕徹
「会報 第一集」目次 高森顕徹

高森顕徹会長が、以前ガリ版印刷で作成した講義のプリントをまとめたものです。このプリントをもとに定期的に会員向けの講義が行われました(全144回)。
この「会報」だけは、他の親鸞会書籍と異なり「法語コーナー」に平積みされることはなく、会員が口頭で「会報を下さい」と言って初めて購入できるものでした。
手書きの文章で発刊されていたのは、「いつかはきちんとした書籍に纏めたいから、これはあくまでプリントのまとめ」ということで、当時の手書きのものをそのまま綴じた形式となっていました。
親鸞会の中では「現代の教行信証」と呼ばれ、熱心な会員はこの「会報」を読んで学んでいました。今の講師部や熱心な会員歴30年以上の会員の頭の中にある教義は、この本が元になっています。

その後「私の道」と改題して書籍化が計画され、その頃から絶版となり在庫のみの販売となっていました。そして2001年(平成13年4月)に「なぜ生きる」が発刊されると、本格的に入手できなくなりました。現在は、親鸞会会員でも新規に購入はできません。

「会報」から「なぜ生きる」変更の影響

「会報」が絶版となり、「なぜ生きる」「なぜ生きる2」が親鸞会教義の元になりました。それにともない親鸞会教義も変わっていったのが現状です。
教義内容も、比較すると「会報」と「なぜ生きる」は異なる点があります。親鸞会が「会報」を絶版にしたのもそのためです。

1万年堂出版設立の目的

元々は、1万年堂出版設立の目的は「高森顕徹会長の本を全国の書店に並べる」ためでした。
しかし、結果として過去の著作の中の剽窃と明らかにわかるものを削除、改変して出版する事で、高森顕徹会長の剽窃問題を「なかったこと」にすることになりました。

かつて会をあげて戸別訪問販売をしたアニメ映画「世界の光親鸞聖人シリーズ」も現在はどこでも購入できなくなりました。
変わりに、親鸞会親鸞聖人シリーズのアニメ映画を制作し、過去の作品を「なかった」ことにしています。

剽窃」していた方がまだまともだった親鸞会教義

剽窃問題だけでなく、教義的にも指摘があると新書籍やアニメ作品を作成して上書きすることによって今にいたるのが親鸞会です。その上、会独自の教義は「剽窃」したものより問題が大きいです。
先の「会報」もかなりの部分が剽窃によってなりたっていますが、その方がまだまともでした。
その会報を絶版にしてまで発刊した「なぜ生きる」「なぜ生きる2」は、「浄土真宗」として考えると間違いが多い本です。会員はこれによって、親鸞会から出ているどの資料からも「まともな浄土真宗」を聞く事ができなくなりました。

猿松さんのコメントまとめ

高森顕徹会長の剽窃問題について、当ブログに猿松さんがコメント欄に複数にわたってまとめて下さいました。
ここからは、コメント欄の記事をまとめたものを転載します。

猿松 2023-8-6
皆様方

1万年堂出版の新刊『人生の目的』が刊行されました。
この本のクレジットにも前回の『歎異抄ってなんだろう』と同様に、大きく「監修 高森顕徹」とあり、その下に小さく「高森光晴」「大見滋紀」とあります。
結局のところ光晴講師というお方は、一人では一冊の本も書けず、「監修 高森顕徹」というヒモ付でないと売り上げものばすことが出来ないということでしょうか。

▶その高森顕徹先生ですが、その著作のほとんどが大沼法龍師からの剽窃であることは皆様も周知の事実です。

▶さて先日、元講師部の先生からある本の存在を教えていただきました。それは田淵(渕)静縁師著『布教資料全集』(明治39年8月出版)という本です。
田淵師は、このコメント欄でもお名前が何回か挙げられたこともあり、私も以前、師の他の著作を紹介したことがあります。
田淵師(1870~1925)は、兵庫県相生市大谷派敬順寺で「播州さん」と呼ばれて親しまれ、「博学多識の雄弁な布教使」とも讃えられた名僧です。
その田淵師がその博学ぶりを駆使し、様々な経典や論釈、歴史や日常の出来事の逸話を簡潔にまとめた小話集が『布教資料全集』です。

▶ここまで書けばお分かりと思いますが、高森顕徹先生著『光に向かって』シリーズの元種となった御本です。
しかし高森顕徹先生といえども、この『布教資料全集』から話を丸々「剽窃」したわけではありません。よくいえば「参考」、悪くいえば「拝借」といったところでしょうか。

▶とにかく、この『布教資料全集』を読ませていただくと、どこかで読んだようなものばかりです。
そのうち二話を挙げてみます。

⬛布教資料全集

■話材 一二 織田信長徳川家康
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/47

武田勝頼が織田徳川ニ氏を敵として戦ひ。天目山に討死をした其時に。勝頼の首級(シルシ)を織田侯の実撿に供したれは。信長は勝頼の首を睨んで。
「汝弱卒の身を以て。天下の強将たる織田信長に敵対せし為め此有様となりた。無礼者奴(メ)」
と云ふて之を足で蹴りたと云ふことである。
死んだ人に何の罪がある。之を足蹴りにした信長の心に。一点も慈悲の念がなかりたのである。
其時に之を聞いて居た明智光秀以下の人々は心に。深く信長は残忍な大将であると云ふことを銘じたと云ふことである。

然るに徳川侯の処へ其首級を持て行たれば。家康は今日は勝頼の来る日であるとて。仏壇に燈明をあけて待つて御座つた。
そうして其首に向ふてバラバラと涙をながして云はるゝには。
「戦国の習ひ敵となり味方となるは是非もなゐことで御座りまするが。なろうことなれば貴殿と手に手をとりて戦物語をしたいと存じて居たに。御武運拙くしてかゝる身になり玉ひしこと。家康の身にとりてなげかわしき至りである」
とて。同情の涙バラバラと溢されたと云ふことである。
これを聞た勝頼方の軍勢は何と感じたであろう。

愛らしき語は愛らしき心から出るので。勝頼の首級を足蹴にした信長の心こそ。事業未だ半ばならずして光秀の為めに殺された原因ではなかろうか。

此死者に対する家康の同情の涙こそ。徳川三百年の太平をたもつ原因ではなかろうか

■滑稽 三四 両肌をぬぐ娘
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/410

さる所に十六七の娘をもたれたが。せたけのびたれは親達も心がせく。
又時分の娘なれば諸方から貰ひに来る。
或時母親が娘をよんで云はるゝには。
「方々から貰ひに来れどもこれぞと思ふ縁もなかりたに。此頃二軒から云ふて来た。これは随分相談してもよかろうと思ふ。
一軒は金満家(カネモチ)なれどチト聟殿(ムコドノ)が見ぐるしいげな。
又一軒は聟殿は品もよくよい人がらなれども財産(シンダイ)はうすいと云ふことぢや。
さりながら二軒共聟殿の気象は実体なと云ふこと。何よりこれは難有い。
この上はどちらへなりとも其方の気に入りた方へ嫁入さそう。

コレ返事をしやれ。
ハヽア耻かしいのか。

それなればよいことがある。
金満家の方へゆきたくば右の肩をぬぎや。
よい聟殿の方へゆきたくば左の肩をぬいて見せや。
其間私はこちらむいておる」
と。母御(ハハゴ)がうしろむかれたれば。娘は心得。肩をぬいだ様子。
母親がもうよいかどれどれとふりかへりてみれば。娘は両肩をスツバリトぬいで居られた。

この娘の両肩をぬいた心は。昼は金満家の処へゆき夜はよい聟殿の方へゆくつもりとみえる。
さても油断のならぬ娘御(ムスメゴ)で御座ります。

▶またその他にも、高森顕徹先生や木村耕一氏の著作に酷似した逸話もございます。

■話材 三六 鴟鴞(フクロ)の鳴声と鳩の忠告
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/87

■話材 四五 鳥窠禅師と白楽天
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/99

■譬喩 一 夫婦の睨み合ひ
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/203

■譬喩 五 落し穴
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/209

■譬喩 四八 猩々
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/260

■因縁 一四 大根売の悔悟
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/297

■因縁 二ハ 華厳の鳳譚
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/330

■因縁 四一 釈迦如来妊婦を教化す
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/354

■滑稽 ハ 大根まき
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/379

■滑稽 一三 銅の鳥居
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/385

■滑稽 一五 薬鑵頭
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/388

■滑稽 二一 茗荷
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/394

■滑稽 三六 本真の近道
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/412

■滑稽 四〇 堪忍の二字
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/417

■滑稽 四三 老人と金米糖
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/421

俚諺 三 長者の萬燈より貧の一燈
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/430

■序辨 二 至りて堅きは石なり
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/464

■序辨 五 閑林叩骨泣
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/467

■雑纂 三九 愚なる金満家
https://dl.ndl.go.jp/ja/pid/818594/1/563

▶細かいものや一部だけのものも挙げれば、まだまだあります。
この『布教資料全集』は田淵師が、本当に一話ずつコツコツと地道に集められたものと思われます。
これらの小話が他の布教使の説法の一助にもなればと、田淵師は惜しげもなく公開なさいました。たとえ「拝借」されたとしてもお役に立てれば本望との思いもあったことと思います。
しかしこれらが、「勝他·利養·名聞」の為や、私腹を肥やす為に使われたら、それこそ田淵師が「血の涙をながしておられるのが心眼にみえる」のではないでしょうか。

▶『光に向かって 100の花束』の序文では「100以上の、おとぎ話や有益な話を知らなければ、親の資格がない」と高言なされていましたが、「拝借」しなければ100話も集められないお方には、何の資格があるというのでしょうか。

▶だけど高森顕徹先生も「拝借」するならするで、遠慮せず最後まで「拝借」しておけばよかったのです。『布教資料全集』には、まだまだいいお話が満載だからです。
そうしておけば、『光に向かって 心地よい果実』といった、今では誰も話題にすら挙げなくなった駄本中の駄本は刊行しなくてすんだはずです。
あんな駄本を刊行しては、出版社としての品位すら疑われます。

▶このような本の存在を知らせると、また愚痴愚痴と「言い訳」やら「開き直り」やら「盗人猛々しい」コメントが寄せられることと思われます。
しかしそこで一度、ちょっとでもいいから考えていただきたい。
もし本当に「三願転入」を標榜するのであれば、高森顕徹先生のなされたことは、真に第十九願意にかなっていることなのか、どうか····
まあ考えるまでもないことだと思います。

▶また、現役親鸞会会員の中には、
「猿松はこんな本を暴露して、無闇に会長先生を貶めている!」
と憤慨なされる方もおられると思います。
しかしこんな本の存在を知らされて、落胆させられるのは、なにも現役会員だけではありません。
退会者の私も、
「結局、高森顕徹先生という人は、この程度の人物だったのか····」
と荒涼たる気分にさせられます。

▶もしかしたら高森顕徹先生も、「よもやバレることもないだろう」と思って、コッソリ「拝借」したのかも知れません。
しかしそんな過去の業が、半世紀近くもたって明るみになってしまいました。
そして、またまたご自身の評価を下げてしまうことになるとは思ってもみなかったことでしょう。
だけど、こういうのを「自業自得」と申します。

https://shinrankaidakkai.hatenablog.com/entry/2023/08/06/073243

猿松 2023-8-21
(略)
▷私は前回の記事で、
『このような本の存在を知らせると、また愚痴愚痴と「言い訳」やら「開き直り」やら「盗人猛々しい」コメントが寄せられることと思われます。』
といいましたが、もう呆れるくらい予想通りのお応えが返って来ましたね。

▷そして、高森顕徹先生は親鸞会発行の『随行録』という本の中で、以下のように高言なされています。

○ 余裕

待ちに待った『光に向かって』第二集発刊。
第一回新聞掲載は昭和五十一年八月。以来十三年、百六十話にのぼる。
その間、原稿締切に遅れられたことは一度もなかった。
〝今だからあかそう〟
と仰有って。
先生
「いつも三ヵ月分、書き溜めていた。
三ヵ月先の分を今月の締切までに、必ず書いておく。
三回分あるから今回は大丈夫と思っていると、絶対に書けなくなるから。
倒れた時も、だから休載はなかった。
余裕は、タナボタでは来ない」

▷もう、克己心に満ちたお言葉ですね。

▷こういった人達が『七仏通戒偈』なんか持ち出すのだから、「何をか云わんや」です。
まあ、
『三歳の童子もこれを知るが、“九十”の翁もこれを行うは難し』
の実例といったところでしょうか。
(略)

https://shinrankaidakkai.hatenablog.com/entry/2023/08/14/062018

猿松 2023-8-23
(略)
▶今回は高森顕徹先生の著作と、大沼法龍師の著作との関係を述べてみたいと思います。

高森顕徹先生の著作のほとんどが大沼法龍師からの「剽窃」であることは周知の事実ですが、それがどの程度のものなのかは案外知られていないようです。
特に現役親鸞会会員は、ネットからの情報収集禁止という暗黙のルールがあるので尚更でしょう。

▷かくいう私も「剽窃」の件は、瓜生先生の『さよなら親鸞会』での記事ぐらいしか知りませんでしたので、今回少し調べてみたら、なんと、「高森顕徹先生という人は、ここまでやっていたのか!」と驚いてしまいました。
もう「ほとんど」というよりも「そのまま」という感じで、これでは「参考」やら「拝借」などといった言い訳は出来ません。

▷田淵静縁師の『布教資料全集』は文語調なので、高森顕徹先生の著作との類似性も薄く、出版も明治39年ですから著作権などの問題も、まあないといえるでしょう。

▷しかし大沼法龍師の場合はどうなるのでしょうか。
実は大沼法龍師の著作にも、田淵静縁師の『布教資料全集』を参考にされたと思われる記事がございます。『布教資料全集』は当時の教科書的な存在だったのかも知れません。

▷そこでここに大沼法龍師の著作から数点実例を挙げてみます。
やや多くなりますが、高森顕徹先生の著作との酷似性を示すためですので、ご了承願います。

⬛大沼法龍師の言葉
https://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu

■43 鶏の卵
https://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu/e/2e417bacfeb84338ec850403d3740396

フランスの片田舎にジャックという正直者がいた。
隣家から金を借りたが貧乏で返すことができない、やむなく我家の雌鳥を五六羽代りに取って貰った。
翌日ジャック夫婦が七歳になるフィリップに留守をさせて畑にあとへ、雌鳥が打連れて遊びにきてもとの古巣へ卵を五つ六つ産んで行った。
フィリップは大喜びして
「お母さんが帰ってきたら煮て貰おう」
と小籠に拾い上げようとしたとき、雌鶏はもううちのものではないのだ、すると卵は隣家に持って行かねばならないと思って、早速先方に届けると
「お父さんかお母さんが言いつけたかな」
「いいえ二人とも畑へ行っています、帰ってきたらきっと持って行けと言いますから持ってきました」
小父さんはその言葉にすっかり感心して
「お前は正直なよい子だ」
と言って雌鶏二羽を褒美にくれた。
フィリップは後にフランスの大政治家になった。

正直の頭には神宿る、正直を貫けば必ず成功できる。
世の親たちが貧苦の中にもフィリップのように正直な子供を育てているだろうか、口では正直にせよ嘘は言ってはならない、人の物盗ってはならないと教えているけれども俯仰天地に恥じない行いが本当にできているだろうか。

七八歳位の可愛い子供を連れて汽車に乗った婦人の前に坐っていた奥さんが
「可愛い嬢ちゃんですこと。いくつになられます」
と子供に尋ねられた時、子供はその奥さんをしげしげと眺め母の方をふり向きながら
「お母さん、家の時の歳を言おうか、汽車に乗った時の歳を言おうか」
と尋ねたので、言葉なく赤面したそうだが、僅かな乗車券を惜しんで三千世界に探しても二つとない子宝の魂を傷つけてはいないか。

親蟹が横に這いつつ子蟹に真直歩めは無理である。
針が正しく進まなければ意図(ママ 注:糸の誤植と思われます。)の曲るのは当然である。
世の中のお母さんいかなる貧苦にぶちあたるともその怒涛を切り抜けさえすれば平和な航海が続けられるのだ、正直に強く生きねばならない可愛い子供の為に!

■79 大英国の栄誉
https://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu/e/fc48138aeb54cf24199dae4ab62eab67

世界的数学の大家、菊池大麓博士が曽て英国ケンブリッジ大学に留学中、常に首席を占めていた。
ある時ふと病気になり入院のため学校は永い間欠席せねばならなかった。
英国の学生は日頃の鬱憤を晴らすはこの時なりと次席のブラウン君を捉えて他の学生は
「この時だよ彼は病気で講義を筆記することができない、今度こそ大英国の名誉にかけても君が首席を取ってくれなければ」
と励ましていた。
やがて菊池の病気も癒え、学期試験も終って発表されたのを見ると矢張菊池が一番でブラウンは二番であった。
ブラウンは只一人莞爾として
「ああ僕はこれで英国人の誇を傷付けなくて済んだ」
と菊池の病床中ブラウンは毎日ノートを送っていた。
なんと奥床しい高潔な紳士だろう。
人の不幸を願い、人の蹉跌を慶ぶ人世に、人の縮尻を求め人の苦悩を笑う人世になんと雄々しい友情だろう。

■101 家光の体験
https://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu/e/70aa3997ded09e1d7e1e3b4bd4e6bbd2

あるとき徳川家光公が多くの家来に、どんなとき一番くつろいで安心するかと尋ねられたら、
「催便をこらえるほどの苦痛はありませんが、気持ちよく出たときが一番くつろげます」
と言ったら
「無礼者、遠慮のない奴だ、閉門に処する」
とやられた。
その後家光公鷹狩に行き、下痢を催したが、便所はなし、天下の将軍が野糞をするわけにはゆかず、急に便所を造るのに手間どっている。
催便は激しい
「まだかまだか」
「まだでございます」
「まだかまだか」
便所の中で閉門にした家来のことを思い出して
「閉門を許して、知行を増してやれ」

■109 妻の諫言
https://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu/e/1c4ffa2576d580ccf252a313cc068766

事業に失敗した主人が、気を腐らして寝て動かない。
心配した妻が
「どうなさったのですか」
「俺はもう駄目だ、事業に失敗して文なしだ、家も財産もみな取り上げらるるのだ」
「それなら私も子供も、取り上げらるるのですか」
「誰が借金のかたに、家内や子供を取り上げる者がいるものかい」
「それなら、あなたの身体を取り上げるのですか」
「そんな馬鹿なことがあるものかい」
「それなら悲観することはないのではありませんか、生まれたときは丸裸体ではありませんか、自分が自分に負けていて、成功ができますか。
準優勝戦まで行っていても、零敗するときもありますから、再出発しましょう」
と励ましたので、忍耐努力のないことを愧じ、奮然と立ち上がり成功した。

■225 左甚五郎(一)
https://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu/e/bc35c2513c1a45d1e0ee476c4ec533d8

彫刻で有名な左甚五郎と雙壁をなすと言わるる腕の人がいた。
人間は、自分でなくても競争したいのである。相撲、野球、囲碁、柔道、短艇から田を耕すことでも、競争さして応援したがるものである。
どちらの腕が勝れているか、鼠を彫刻さした。
二匹並べてみたけれども、甲乙がつけられない。
これは猫に見せて判断さすがよい、と相談がまとまったので、猫の前に二匹を投げてやると、左甚五郎の方をくわえて飛んで逃げた。
それもそのはずだ、甚五郎の鼠は鰹節で作っていたそうな。

■302 ビューデー
https://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu/e/7162d9c41d9a82f68c10fe049fbdc3c5

フランス学者のビューデーは、家事の万端を妻にまかして一意専心勉強していた。
あるとき
「隣家が火事です、早くお逃げなされなければ」
と下男が言って来たとき
「妻に任してあるから、家内に相談してくれ」
馬鹿のような話であるが私はそんなに魂が打ち込まれないのが残念だ。

■26 少しの糊
https://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu/e/3f629818d0fbd8137780f4d7f0e3d3f4

アメリカボストンのある実業家のところへ救済事業の寄附を頼みに行った人があった。
その時実業家は
「ほんの僅かばかり使えばすむものを何故こんなに沢山使ったのだ」
と叱っていた。
何に使ったのかよく聞けば糊であった。
糊位いのことであんなにけちけちしているのなら寄附などは思いもよらぬことと思ったけれども折角来たのだから話し出すと、即座に五百弗寄附した。
事の意外に吃驚して尋ねると
「私は平生少しの糊でも無駄にせぬように心掛けているからこうした寄附もできるわけです」
と何と奥床しい心ではないか。
一銭を笑う者は一銭に泣く、塵も積れば山となる、大海も一滴の集りではないか、物を粗末にする者は物に嫌わるるから不自由しなければならないのだ。
自然のみ恵み、み仏の賜物は決して粗末にしてはならない。

▷そして大沼法龍師はその著作のはしがきに、こうおっしゃっています。

■はしがき
https://blog.goo.ne.jp/ohnumahouryu/e/ff0d7a1602cd602e0117eb52fae4e4b5

ある婦人が博士のところに行き
「この子供の教育をどんなにしたらよいでしょうか」
と尋ねられた時
「もう遅いですね」
「まだ生れたばかりでございますが」
その子供を本当に教育しようと思ったらあなたの祖母から教育してこねば遅いですよ」

ある方が母となるには百以上お伽話や有益な話を知らなければその資格がないと言われてありますが、子供を産むだけでは下等動物と何等簡ぶ処がありませんよ。

▷もう本当に、
高森顕徹先生は、ここまでやっていたのか!」
というのが正直な感想です。
もう端から端まで「そのまま」です。

▷それなのに高森顕徹先生は、
「いつも三ヵ月分、書き溜めていた。
三ヵ月先の分を今月の締切までに、必ず書いておく。
三回分あるから今回は大丈夫と思っていると、絶対に書けなくなるから。
倒れた時も、だから休載はなかった。
余裕は、タナボタでは来ない」
とおっしゃる。

▷そして高森顕徹先生は、
「真剣に真実の善を求めようと猛進してごらんなさい。真実の善や功徳は、微塵も積めない自己を明らかに発見するから、そこまで進め!!」
と我々におっしゃる。

▷これはもう皆様でご判断願いたい。

▷こういう事実を知らせると、またルパン様や中学生様が健気にも、高森顕徹先生弁護のために情状酌量を訴えてくることでしょう。

『偶像を崇拝させられる大衆は悲劇である。』
高森顕徹先生著 光に向かって 100の花束より)

https://shinrankaidakkai.hatenablog.com/entry/2023/08/14/062018

猿松 2023-8-27
(略)
▷中学生様は、
『小説を盗作するのは著作権が問題になるでしょうが、故事成語や昔話や落語は著作権はないと思いますね。』
とおっしゃいましたが、実は高森顕徹先生は、小説家である故吉行淳之介氏の作品からも「拝借」なされています。
この件については、当ブログで宮田先生が「指摘・追及」なされています。

高森顕徹会長(浄土真宗親鸞会)の著書「白道燃ゆ」(女の業界)が吉行淳之介著「女の決闘」そのままだった件(画像あり)
https://shinrankaidakkai.hatenablog.com/entry/2012/11/05/174851

▷中学生様は、
『それより、このブログ記事やコメントは著者の承諾を得ていますか。』
と詰問されていますが、それでは高森顕徹先生にも吉行淳之介氏から承諾を得ておられるかどうか、お尋ねください。
しかし私が問題にしたいのは著作権云々よりも、高森顕徹先生の道義的責任です。
(略)
▷しかしその情報の中から、大沼法龍師の発言の意図を推しはかれるような根拠を見付けましたので、それを挙げてみることにします。

⬛大沼法竜師に学ぶ
https://urethroprostatic2.rssing.com/chan-2644616/index-latest.php

■魂のささやき (1935年刊)

□44 門出の用意は出来たか
https://urethroprostatic2.rssing.com/chan-2644616/latest-article6.php?zx=814

最初から他力は有り得ない。
それに皆十八願の機じゃと言う人も有るが、夫なら佛様は第十九願、第二十願は誰の為に建立されたか。後の二願は聞き損ないの機の為ではないか。

万行随一の名号と見るは第十九願の機(自力)、名号の万行に超過せるを知るは第二十願の機(半自力半他力)、名号に動かされ無我の世界に入るは第十八願の機(絶対他力)である。
此の真仮の分斎を分別せずして、十把一束に総て十八願の機とは言い得られまい。

名号の殊勝は知って居ても開発の出来ない間は第二十願の桁である。
二十願の機は罪福を信じ、善本徳本の名号を己の功徳とし佛に廻向する機であるから、廻向出来るか出来ないか、自力の尽きるまで進まなければ第十八願には開発しない。
自力より半自力半他力へ、それより絶対他力へと進ましむる本願の施設ではないか。

階段が無ければ三階には昇れない。
況んや地獄はい出の私が五十二段をや、第十九願は自力修行の化粧をし、第二十願は他力の中の自力の機功を募る化粧をする。
化粧の間や誤魔化しの間は積りですむ。積りの間は決定心がない。決定がないから疑いが出る。疑えば往生は不可である。

第十八願の機は、化粧をし得ない悪性に泣き、誤魔化さず、諂わず、解決の付くまでは死すとも動かない決心で求めて居るから、不徹底な妥協は許さない。

▷つまり大沼法龍師は、凄絶なまでの三願転入論者だったのです。
『自力の尽きるまで進まなければ第十八願には開発しない。』
という考えから、
「母となるには百以上お伽話や有益な話を知らなければその資格がない」
「子供を産むだけでは下等動物と何等簡ぶ処がない」
などの発言が生まれたのだと思います。

▷しかしこの大沼法龍師の教義を読んだら、親鸞会などは、
「こんな高名な真宗の布教師が、三願転入を主張している」
と喧伝したいところでしょう。
しかしそれだと高森顕徹先生との関係性が露呈してしまうので、それも出来ないというところですか。

▷大沼法龍師の教義などについては、久保光雲先生の以下の論文が大変参考になると思います。

⬛論文 『近代真宗教学史にみられる獲信解釈の研究』
■第五章 第二節 第二項 大沼法龍の廻心と獲信への導き
http://koun18.com/ronbun-gyakushin5-2-2/

▷さて親鸞会の新刊『人生の目的』にある「人間の実相」ですが、それは原典である『仏説譬喩経』との相違点が昔から指摘されています。
参考として『仏説譬喩経』の合喩の部分を挙げてみます。

⬛仏説譬喩経 大唐三蔵法師 義浄訳
http://hongwanriki.wikidharma.org/index.php/%E4%BB%8F%E8%AA%AC%E8%AD%AC%E5%96%A9%E7%B5%8C

曠野は無明の路、人の走るを凡夫に喩へ、
大象は無常に比し、井を生死の岸に喩ふ。
樹根は命に喩へ、二鼠は昼夜に同じく、
根を齧るは念念に衰ふこと、四蛇は四大に同じ。
蜜の滴たるは五欲に喩、蜂の螫(さ)すを邪思に比す
火は老病に同じく、毒龍はまさに死苦なり。

▷しかしあくまで私見ですが、親鸞会式「人間の実相」も、あれはあれで大変よく出来ていると思います。むしろ原典よりも喩えが秀逸な部分もございます。

▷しかし上記の久保光雲先生の論文の中で非常に興味深い記事を見付けました。

⬛大沼法龍師著『入信の道程』上 (1935年刊)

其時ありゝゝと無常の虎の繪が浮かんで出た。
虎に追ひ攻められた旅人が斷崖絶壁の上に延びて居る松に登り、藤葛にぶら下り、落ち來る蜜に舌鼓を打ちながら、上では二匹の鼠が藤葛を齧り下には三匹の龍が待受けて居る繪なのだ。

▷原典にはない「虎」や「斷崖絶壁」や「三匹の龍」などが出て来ます。
つまり親鸞会式「人間の実相」は、既に大沼法龍師が説かれていたことだったのです。
この「人間の実相」が、大沼法龍師のオリジナルかどうかまではわかりませんが、ここでも高森顕徹先生は「拝借」していたことになります。
いや、これはさすがに高森顕徹先生の名誉のためにも、「継承」といった方がいいでしょうか。

▷しかし今回、大沼法龍師の著作を調べてみて、さすがに看過出来ない記事を見付けました。
先程の『魂のささやき』からです。

□46 信仰の妥協はせぬ
https://urethroprostatic2.rssing.com/chan-2644616/latest-article8.php?zx=813

実際に行詰った自分、嗚呼私、見苦しい法龍の姿、浅間しい法龍の魂、如来のみ前に跪いた時、一切の罪悪を照し尽された時、懺悔せずには居られなかった。悪性を白状せずには居られなかった。

罪を罪とも知り得ない魂、地獄と聞いても驚かず、極楽と聞いても慶ばず、真剣に求むれば他所見する心、聞くまいと投げれば火が付いた程急ぐ魂、右とも左とも落ちるとも上るとも知り得ない散乱放逸の心、押うれども押うれども鎮まらない意馬心猿。

何処が私の本性か、何が私の魂か、私が判らなくて泣いた私。箸にも棒にもかからぬ私。
梃子にも匙子にも乗らない心、手綱を寛めると十方に飛出す横着な魂、知らぬ顔して居る心、この心こそ業流転を続けて来た無明の暗である。

これを根本として枝葉は繁茂し花は開き実は結ぶのであるが、私の見苦しい始末は日々延びて居る。
夜々憎悪の葉は栄えて行く、飽く事知らない貪慾の渦、押えても燃え上る瞋恚の焔、歓楽を粧うても素地の出る愚痴の心、利害関係の前には総てを忘れて親兄弟を殺し妻を殺し善知識を殺し一切の人の不幸を見ては冷笑し、禍を聞いては横手を打って楽む悪鬼の心が動いて居る。

手には出さなくても他人を押し倒し他人の目をかすめても得たい貪慾の餓鬼の魔の手は延びて居る。
美しい婦人を見た時の心!
皮を剥げば膿血の流れる・・・と理屈は知って居ても邪婬を行う畜生の心は暫時も離れた時がない。

心口各異の偽りは上手である。誤魔化しは名人である。
他人の名誉を憎み、友人の出世を怨み、他人を裏切って平気でいる心、他人から誉められたい自惚心、何処々々までも図々しい心、名誉や地位や財産に、又は婬慾や食慾や睡眠慾に至るまでも我身勝手より他に考えない無明業障の恐しい病の私が、血みどろになって求むれば求むる程真実になり得ない。

五逆十悪の私、総てをふみにじりたい謗法闡提の私、行住坐臥心常念悪口常言悪身常行悪の私、露塵程も善根のない唯知作悪の私、三千世界の悪を一人で荷っている下々品の私、勇猛心をも喪うた寧弱怯劣の私、もがけばもがく程、出離の縁有る事ない私、地団駄踏めば踏む程必堕無間の私、無限無辺の罪悪深重の私、極悪最下と底を叩いた私、泣くに泣かれぬ地獄一定の私、比べ者のない絶対不二の機の私、ぶるぶるぶるぶる沈むより他に道を知らない私・・・

▷お持ちの方は、高森顕徹先生の『白道燃ゆ』の最後の項目、「魂の叫び」と読み比べてみてください。
もう「拝借」とか「剽窃」のレベルではありません、「そっくり」です。

▷「魂の叫び」は、高森顕徹先生ご自身の信心獲得の瞬間を綴った赤裸々な告白と思っておりましたが、結局のところ、獲信体験まで大沼法龍師からの「剽窃」だったのですね。

https://shinrankaidakkai.hatenablog.com/entry/2023/08/14/062018

猿松 2023-8-31
(略)
親鸞会内で大沼法龍師の名前を出すこと、ましてその著作を読むことなど猛烈なタブーであることは、ある程度の上層部なら常識です。
なぜならトラウマになるような仕打ちを見せ付けられたからです。

▷その仕打ちを受けられたのが、清森義行先生です。
清森先生は親鸞会講師として二十年間も活躍されていましたが、大沼師の一件が講師部内で問題となって、除名処分にまで追い込まれました。

▷その清森先生が、除名処分にまで追い込まれた過程を通し、他の脱会講師の方々の証言も交えて、如何に親鸞会内で大沼師を扱うことはタブーであったことを明らかにしていきたいと思います。

⬛故嶋田久義師の証言

■私の白道 3 
https://byakudo.exblog.jp/page/1/

○私はこれまでほとんど高森先生、親鸞会発行の出版物しか読んだことがなかった。皆さんもそんな人、多いと思います。
 何しろ高森先生だけが、唯一の善知識だから、他は読む必要は無い、間違っている。読むこと自体高森先生をおろそかにしている謗法罪だという意識しかありませんでした。

 禁止を破った清森さんはその為、何日も講師部会合の時、前に出され、全講師部から指摘の嵐を受けた。
「君は学院再研修だな」と冷たく高森布教局長から断を下され支部長解任の処罰を受けてしまった。

誰も恐ろしくて他の本は読めなかった、話を聞けなかった。
今もそうですから、ここ(注:私の白道)をこっそり見ている講師部員は隠れてでしょう。

高森顕徹氏の著書のルーツ」を読んで、大沼法竜氏と華光会創始者の伊藤康善氏の著者を盗作していたことが分かった。
高森先生は
「糸一筋でも他人の物を盗ってはいけない。
私は子供の頃、母に拾った柿を見せて半殺しにされる程酷い目にあった」
と講師部の前で盗むことの悪を教えられた。

⬛瓜生崇先生の証言

■なぜ人はカルトに惹かれるのか――脱会支援の現場から
P61~P62
□10 マインド・コントロール――なぜ私は信じたのか

あるとき図書室で資料を探していて、一番奥の書棚の上のほうに、分類ラベルの貼られてない見慣れない本が、数冊置いてあることに気づいた。
その本は明らかに「誰にも読んでほしくない」という雰囲気を醸し出しつつ、居心地悪そうに他の本の間に混じって置かれていた。
私はハシゴを持ってきてその本を手にとって見た。驚いた。そこにあったのはネットで高森会長の本のパクリ元と言われている、大沼法竜の本だったのだ。
なぜそこに「その本」があるのかは容易に想像することができた。数週間前にある講師部員が大沼法竜の本を読んでいることを問題視され、講師部総会で激しい詰問を受けていたのだ。ここにあるのはおそらくその講師部員から没収した本である。
それにしてもいくらなんでも、こんなところに無造作に置いておくとは······。
周囲に誰もいないか注意して一読してみると、確かに高森会長の書いた本の一部は「2ちゃんねる」の指摘どおり、大沼法竜の著作のコピーと言われてもしょうがないように思えた。

■さよなら親鸞会
高森顕徹氏の盗作問題
http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2009/04/post-39ce.html

親鸞聖人は引用元の聖教を読むことを弟子に禁じたという話は聞きませんが、高森会長は大沼法竜の本を読むことを禁じ、伊藤康善や華光会との関係を必死になって隠そうとしています。

高森会長は大沼法竜や伊藤康善の文章を盗作して書いた本を「自分が書いた」とウソをつき、「命がけで書かれた本」「現代の教行信証」と弟子に言わせています。
そして盗作がネットで明らかになると突然理由もなく廃刊にしました。
対して親鸞聖人は引用の部分と自著の部分をはっきりと分けられ、当然引用したところを「自分が書いた」とはおっしゃっていません。

▷清森先生は親鸞会から除名処分を受けた時の心情を、瓜生先生のブログ『さよなら親鸞会』で告白なされています。
その序文で瓜生先生は清森先生のことをこうおっしゃっています。

『清森問答で有名な清森義行元講師から、除名の経緯について投稿をいただきました。

これは私ぶるうの(注︰瓜生崇先生のHN)から、多くの学徒に慕われ、教学力も並外れており、さらに説法上手でも有名だった清森さんがなぜ学院研修から退部、除名になったのか、是非その背景を教えて欲しいとお願いし、書いていただいたものです。

親鸞会が長年会に尽くしてきた人にどんな仕打ちをするのか。また、何をタブーとしているのか、この投稿を読めば分かっていただけるかと思います。』

▷以下のそのリンク先を貼っておきます。
親鸞会がどのような性質の組織なのかが垣間見れると思います。

□清森義行氏の除名の真相(1)
http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2009/02/post-ae9c.html

□清森義行氏の除名の真相(2)
http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2009/02/post-8916.html

□清森義行氏の除名の真相(3)
http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2009/02/post-09af.html

□清森義行氏の除名の真相(4)
http://sayonara1929.txt-nifty.com/blog/2009/03/post-c736.html

⬛清森義行先生の証言

■清森問答
□質疑応答14
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-16.htm

 私は、以前から、伊藤康善氏、大沼法竜氏などの仏教書は通読しております。

 高森先生の著書、特に会報については、かなりの部分が、他の仏教書を、そのまま写されたものであることを知っておりました。

 しかし、当時は、著作権などの法律に疎く、それを余り問題だと認識していませんでした。

 最近は、インターネット等を通して、法律に違反していることを知り、非常に問題であると思っております。

 会報については、著作権法違反を指摘されてから、絶版という対処をされたようですが、これは事実の隠蔽だと言われても仕方ありません。

 今、思えば、数年前に、私が大沼法竜氏の著書を読んでいたことが、大変問題され、厳罰を受けたのも、このことを隠すためではないかと思われます。

 隠すということは、悪いという自覚を持っておられるはずですから、なぜ正直に認めて反省されないのかと、非常に残念に思います。

▷その『清森問答』の中で、親鸞会の体質を問うような記事を見付けました。
親鸞会の活動などに疑問を持つ会員B様と、その担当のM支部長とのやり取りですが、この中でM支部長は大沼師のことをこうおっしゃっています。

『大沼法竜は「化土往生の安楽椅子」、I(注︰伊藤康善師のことと思われます)は「三業安心の安楽椅子」を説いた親玉です。
聞法者に安楽椅子を与えることは、仏法を説く知識の絶対に犯してはならない大罪ですよ。
彼らは、親鸞聖人の本当の教えを、そのまま伝える人ではなかったのです。』

▷そのB様とM支部長の顛末は以下をご覧ください。

□投稿(親鸞会の不誠実な対応)その1 
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-312.html?sp

□投稿(親鸞会の不誠実な対応)その2 
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-313.html?sp

□投稿(親鸞会の不誠実な対応)その3
http://kiyomorimondo.blog70.fc2.com/blog-entry-314.html?sp

▷さて、その『投稿(親鸞会の不誠実な対応)その2』
の中で、高森顕徹先生の『白道燃ゆ』の「魂の叫び」と、大沼師の著作との対比がしてあります。

▷私も前回のコメントで、高森顕徹先生の「魂の叫び」とそっくりな大沼師の『魂のささやき』を紹介しました。
しかし『魂のささやき』は、前半部のみが「魂の叫び」と類似性を感じられたので、後半部は割愛しました。
だけど高森顕徹先生のことだから、必ず後半部も大沼師から「剽窃」していると思って捜していましたら、案の定ありました。
それが以下となります。

◎魂の叫び

来る年も、来る年も、金銭を求めて苦しんでいる。どれだけ得れば満足するのか。名誉を追うて、あせっている。どこまで登れば安心できるのか。
財産を望み、色を漁り 衣食住の満足を願って、三百六十五日狂い回っているのが私の実相だ。
無限の欲望は一村、一国、世界に、ひろがってゆく。
咲き誇った花も、必ず散らねばならぬ時がくるように、集めた財産も、地位も、名誉も総てが離散する時がくるのだ。泡沫のように消えてゆく。
死の巌頭に立った時は、三文の価値もないものだ、と百も千も合点承知しながら、この根性はどうだ
この魂は何としたことか。
白道燃ゆ)


『名誉を憧れて居る、何処迄登れば満足するか、 地位を望んで居る、何処まで得れば満たされるか
学問を要求して居る、どれだけ得たら止めるか、
土地を貪って居る、色を求めて居る、金銭を欲して居る、衣食住を願って居る、等々々々と限りなく一村、一国、四天下と無限に欲望は動いて居るではないか、
嗚呼永遠に私を救うものは何者であろうか、うたかたの様に消え行く地位や名誉や学問は、 死の岸頭に立つ時は三文の価値も無いものだぞ。』
(大沼法竜著「歓喜の余滴 中巻」)


あゝ、私の心は、血涙を流して懺悔しても足らぬ悪性なのに、微塵の懺悔の心もない。
こんな無慚無愧の恥知らずの鉄面皮が、高上りして、他人を見下している。他人から褒められたい一杯、名を知られたい一杯、食いたい一杯、したい一杯、遊びたい一杯より以外に心は動かない。
白道燃ゆ)


『嗚呼、私の心、無慚無愧の悪性じゃなア、大地にひれ伏して懺悔しないか
これ程にも鉄面皮の奴であるとは思わなんだが、照さるれば照さるる程底が知れないではないか。
この根性はこの根性は、南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
高上りして居る人から讃められたいと思って居る、道心堅固じやと言って貰い度い
名を知られ度い、食いたい、したい、遊びたい、より他には心が動かないから浅間しいではないか。』
(大沼法竜著「歓喜の余滴 中巻」)


不思議だ不思議だ、こんな奴が何故にこんなに嬉しいのか。何故にこんなに恵まれているのか。何故にこんなに愉快なのか。どうしてこんなに生かされるのか。自分自身にも判らない。
他人が知ったら、さぞ変人と思うだろう、笑う者には笑わせよ、そしる人にはそしらせよ
弥陀より外に知る人ぞなき世界だもの。
毀誉褒貶を度外視して、叫ばずにおれないこの信念。
人生苦悩の乱麻を截つ、南無阿弥陀仏の名刀の切れ味は凄い。逆境こそ心の試練であり、不幸こそ信念の試金石である。
白道燃ゆ)


『何故嬉しいのか何故愉快なのか、自分には判らないが
人が聞いたらさぞ可笑しかろう、笑えば笑え罵らば罵れ、
絶対不二の妙法に打明かされた嬉しさには文句を超越して進まずには居られないのだ
逆境こそ心の試練であり不幸こそ魂の試金石である。 』
(大沼法竜著「歓喜の余滴 中巻」)


今日の一日が尊い。只今の一息はもっと尊い。吸う息吐く息が不思議だ。
こんな広大無辺な、仏恩を受けながら、九牛の一毛も報い切れない私は、悪魔か、羅刹か、なぜ身心に破れるまで、真実を叫び続けぬのか。
苦しみ悩む人がいるのはお前の責任だ。大地にひれ伏して大罪を謝し、身命を賭して破邪顕正に突撃しなければならない。
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏
白道燃ゆ)


『進むぞやるぞ命のあらん限り。
今日の一日程尊い日は無いのだ、今日の一時間、今日の一秒間は尚更尊い
南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。』
(大沼法竜著「歓喜の余滴 中巻」)

▷もう「そっくり」でしたね、「そのもの」です。「よくここまで出来るなぁ」と思います。
こんな高森顕徹先生が、
『余裕は、タナボタでは来ない』
『真剣に真実の善を求めようと猛進してごらんなさい。真実の善や功徳は、微塵も積めない自己を明らかに発見するから、そこまで進め!!』
などと臆面もなくおっしゃるのですから、戦慄さえ覚えます。

▷中学生様は、
『本当だったと早く知ってくれよのみこころしかありません。救われていないからぐじぐじあらさがしをするのです。詐欺師が現れるのです。』
とおっしゃいます。

▷『本当だったと早く知ってくれよのみこころしかありません。』
ならば、なぜわざわざ大罪人である大沼師のお言葉を使うのですか?
『救われていないからぐじぐじあらさがしをするのです。』
いやいや、救われていないからぐじぐじ「剽窃」するのではないですか?
『詐欺師が現れるのです。』
では高森顕徹先生の、今迄行ってきた数々の業を考えたら、「何師が現れた」といったらよいと思われますか?

https://shinrankaidakkai.hatenablog.com/entry/2023/08/14/062018

猿松

皆様方

伊藤健太郎氏の「仏教哲学で生きる意味を知る」チャンネルのYouTube動画で、その静止図を飾る十字図。
これは親鸞会では常套な、求道の決勝点を示す横の線と縦の線ですが、実はこの図も大沼法龍師に原形があります。
こちらのサイトをご覧ください。

親鸞聖人と大沼和上に学ぶ会
https://peraichi.com/landing_pages/view/48gann/

▷このサイトには以下のような説明がなされています。

大沼法龍和上の教判
(手書き)

実地の求道者への手引きとして、法龍氏の残された貴重な「教判」をもとに、私達は学びを進めております。
頭は承知していても、この胸がハッキリしない、実地に求道開発されれた名師の教えが聞きたいと求道しておられる方への指針として、機や法が進んで行く過程をみごとに図(教判)に表してあります。
常時手元に広げ。教判を活用することは、今聴いているのは何の説法や解説なのかの理解を深めるとともに、仏法全体の進捗状態を確認しながら進めるには有効です。

····································································································

▷また以下サイトには、より詳細な十字図が額縁にして飾られています。

⬛高森センセイの通信簿
http://takamoripakuri.blog50.fc2.com/

■大沼法龍師と高森顕徹師の決定的な相異点
http://takamoripakuri.blog50.fc2.com/blog-entry-12.html?sp

□高森教学には大沼師からの剽窃が非常に多い。これなどもその一つ
https://blog-imgs-41.fc2.com/t/a/k/takamoripakuri/DSCF0633.jpg

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▷あと、以下のようなサイトもございました。
「破折」という表現が気になるところですが、親鸞会がどのような宗教団体なのかが、より深く理解出来ると思います。

親鸞会破折
https://toyoda.tv/shinrankai.hasyaku.htm

▷皆様方のご参考になれば幸いです。

猿松
(略)
▷ちなみに『人生の目的』に掲載されているウナギの話、実はこれも大沼法龍師の書籍にあるものです。

■八万の法蔵は聞の一字に摂まる
https://blog.goo.ne.jp/onuma_horyu/e/284ad199c2f59bfbe16c82d2844cd0ab

ちょっと境界が違う鰻と人間の関係でも、ウナギにしてみれば、こういう感慨を深くしているかもしれない。

「われわれは何で、こんな狭い生簀の中でもみ合っていなければならないのだ。」
「何でも、人間の仕業らしいぞ。土用丑の日とかで、われわれを食べれば健康になるとか言って、高く売っているのだそうな。」
「何で、われわれが人間に食べられなければならないのだ。」
「そんな理屈を知るものかい。」
「そら捕まったぞ、料理して食べられるのだそうな。」
「誰も見たものもなければ、行って帰ったものもいないではないか。」
「そのときには、頭を錐に刺されて七転八倒の苦しみだ。鋭い刃物で背中を割かれ、骨を抜いてから三つに切られ、串に刺され炎の上に乗っているのだ、報告に帰れる筈がないではないか。」

ウナギから見れば、料理しているものも鬼なら、食べているものも鬼ではないか。
この怨みと呪いの報復は、誰が受けると思いますか。(p.32-33)