親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

「高森顕徹会長の話をどう聞くか」親鸞会会員にとっての正しい信心の沙汰について(2018年09月16日(日)「なぜ生きる」映画解説より)

2018年09月16日(日)富山県親鸞会館で、高森顕徹会長の話がありました。
【平成30年9月】親鸞会館 二千畳の行事日程 | 浄土真宗 親鸞会

今回は「なぜ生きる」映画解説で、

蓮如上人のお言葉「『聞く一つで、大船に乗せる』ということは、阿弥陀仏の命を懸けたお約束だからです」とは、どんなことでしょうか

についての話でした。

今回の質問内容は、これで何回目か分からないほど続いていますが、いまだに結論には届かないまま終わったようです。
高森顕徹会長は「聞く一つ」について、二河白道の譬え話をしましたが、その内容が間違っている件については、こちらのブログに書かれています。
hiun.cocolog-nifty.com
shingikensho.blog12.fc2.com


私が参加者から聞いた内容を要約すると、今回の高森顕徹会長の話は以下のようなものです。

  • 聞く一つとはどういうことか。
  • それを善導大師は、二河白道の譬えでいわれている。
  • 二河白道の譬えでは、旅人が細い白い道を西に向かってすすんでいく。そう勧めるのが善知識。
  • 仏法を聞くとは、その細い道(弱い聞法心)で見えない西(彼岸・浄土)に向かって進むこと。

譬えそのものの内容が間違っている点は、上記に紹介した記事を御覧下さい。


高森顕徹会長の話を聞いておられる会員の皆さんは、どれだけ高森顕徹会長の話を真剣に聞いても今回の質問の答えは分かりません。なぜなら、要約からも分かると思いますが、高森顕徹会長は質問に対して答えていないからです。ですから、熱心な会員で、それでも高森顕徹会長の話を聞くことが辞められない人に向けて「高森会長の話をどう聞くか」について提案があります。

高森会長の話をどう聞くか?

それは「何を話していないかを真剣に聞く」ということです。
今回でいえば「『聞く一つで、大船に乗せる』とは?」という質問で「二河白道の譬え」の話が出たらなら長年の会員ならば、「何を話していないか」は真宗聖典を開かなくてもすぐ分かると思います。

ご想像の通り「西岸上からの喚び声」を全く話していません。

また西の岸の上に、人ありて喚ばひていはく、〈なんぢ一心に正念にしてただちに来れ、われよくなんぢを護らん。すべて水火の難に堕せんことを畏れざれ〉と。
教行信証信巻浄土真宗聖典 (註釈版) 第ニ版P224)

http://labo.wikidharma.org/index.php/顕浄土真実信文類_(本)#P--224

この阿弥陀仏の喚び声と、お釈迦さまのお勧めにしたがって旅人は白道を進んでいきます。

この人、すでにここに遣はし、かしこに喚ばふを聞きて、すなはちみづからまさしく身心に当りて、決定して道を尋ねてただちに進んで、疑怯退心を生ぜず(同上 続き)


善知識の勧めとは、「阿弥陀仏が喚んでおられる。護って下さる。だから進め」というものであります。そういう意味では、今回高森顕徹会長がこの部分を話をしなかったのは、特に大事なことだからです。これは親鸞会会員にとっては、驚く方もあると思いますが、「とても大事なこと」は高森顕徹会長は話をしません。
参考までに、前回は、同じ質問で「聞く姿勢が大事」の話でした。
shinrankaidakkai.hatenablog.com


親鸞会会員にとっての正しい信心の沙汰

ですから、高森会長が話をしなかった部分について信心の沙汰をするのが、正しい親鸞会会員にとっての信心の沙汰になります。

そのような信心の沙汰を大いにすれば、本当の浄土真宗の教えはどういうものかについて、少し分かられるのではないかと思います。

新聞広告の変遷に見る。親鸞会会員にとっての「絶対の幸福」

先日、親鸞会館での報恩講の新聞広告が出ました。2018年(平成30年)5月の降誕会から数えて、4回目の広告掲載となります。
そこで、今回のエントリーでは、過去の新聞広告を比較して、親鸞会の現状を考えて見ました。

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5月降誕会の広告

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「弥陀の善巧方便はもの凄い“だまし”」の記事がものスゴイだましな件(親鸞会機関誌・顕真2018年6月号より)

親鸞会の機関誌顕真2018年(平成30年)6月号を読みました。


以下、思ったことを書きます。
今回気になった部分は、P30からの特専部懇親会(法友通信)
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うまくだませば総理になれる!?
弥陀の善巧方便はもの凄い“だまし”
でした、見出しからして目を引きますが、内容を読むといよいよ開き直った会長と、それを何とか自分の中で納得しようとする会員の現在がよく分かるものでした。

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気合いでなんとか救われるという親鸞会(2018年08月19日(日)高森会長の話より)

2018年08月19日(日)は高森会長の話が親鸞会館で行われました。公式サイトではなぜか、7月までは案内があったのに、今回は公式サイトでは案内がありませんでした。

今回は

映画『なぜ生きる』より。
蓮如上人のお言葉「『聞く一つで、大船に乗せる』ということは、阿弥陀仏の命を懸けたお約束だからです」とは、どんなことでしょうか?

についてでした。

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仏凡一体の誤解で一益法門になる親鸞会(2018年08月05日(日)会員追悼法要より)

2018年08月05日(日)、親鸞会館で追悼法要が行われました。話をしたのは、高森顕徹会長です。
演題は、「『私が死んだら、川へ捨てて魚に与えよ』親鸞聖人は、なぜ言われたのでしょうか。」について でした。

今回は、新聞広告と多くの会員の誘いで通常の報恩講くらいの参詣者があったとのことです。

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顕真・高森顕徹会長のつぶやき「自転車人生」がいろいろと考えさせられる(2018年5月号顕真を読んで)

親鸞会の機関誌顕真2018年(平成30年)5月号を読みました。顕真は、ある程度以上の会費を出す会員のみの機関誌なので、書いている内容も、より活動のやり方が具体的であったり、高森会長の文章もより本音が出ているものとなっています。


一例をあげると、同じく顕真の2018年4月号の高森会長のコラムを紹介します。
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歎異抄をひらく』の前に、『歎異抄解説書』なく、『歎異抄をひらく』の後に、『歎異抄解説書』なしと、後世、噂する者が現れるかも知れぬ。

熱心な会員以外の人がこれを読むと、「これは冗談なのか本気なのか」と判断しかねると思います。しかし、これは紛れもなく高森顕徹会長の本音です。

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なにがなんでも参詣者を増やしたい親鸞会・高森顕徹会長(顕正新聞2018年6月15日号を読んで)

親鸞会機関紙顕正新聞2018年(平成30年)6月15日号を読みました。
以下、思ったことを書きます。

人集めが最大の関心事

6月の親鸞会館での高森顕徹会長の法話も一般紙に一面広告を掲載し、またその動画を公式サイトで公開しています。
その上、今回の機関紙である顕正新聞の一面は、「追悼法要には家族・親戚と」でした。
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