親鸞会の機関紙・顕正新聞2020年8月1日号を読みました。以下思ったことを書きます。
8月9日(日)10日(月)の降誕会・追悼法要は、一部地域の参加者による1500人限定で親鸞会館で行われるとのことでした。
今回は、論説について書きます。タイトルにも書きましたが、やっと親鸞会が認める「歎異抄の解説書」が出たことについて書かれていました。
その解説書とは、こちらです。
- 作者:内藤 知康
- 発売日: 2020/05/15
- メディア: 単行本
- 価格: 3850 円
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本願寺派勧学・内藤知康師によるもので、5月15日に発行となっています。
これまで、親鸞会では「歎異抄をひらくが発刊されてより、歎異抄の解説書は一冊も出ていない」と主張してきました。しかし、これは多くの人がご存知のように「歎異抄をひらく」以降でも何冊も解説書は発行され続けています。
それに対して、以下のように表現を変えてきました。過去の顕正新聞より紹介します。
「真実開顕へ刻む時」の変遷
始まってしばらくは、この表現を使ってきました。しかし、これは事実に反しますので、次の表現に変わります。
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ここから解説書が出ていることは認めるものの、「前十章を総説するものは皆無である」と替えました。この時点も、11条以降を解説していないことは事実なので認めています。
そこで、こんどは表現に全く別方向にもっていきます。それが、次のものです。
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内藤師の歎異抄解説書が発刊されることを知ったことで、今までの表現とタイトルである「真実開顕を刻む時」を削除して、「10万部を突破した『歎異抄解説書』はない」に変わりました。
その「歎異抄をひらく」は公称40万部を突破しました。
今回の論説で分かる親鸞会の姿勢の変化
こういう現状をふまえて、今回の論説は最後にこう書いて締めくくられていました。
事実、過去の解説の誤りを転換し『ひらく』に大きく近づいている処も多く散見される。
されば親鸞学徒は内藤氏の解説書を縁として、真実開顕に大きく前進しなければならない。
(顕正新聞2020年8月1日号・論説より)
今回は、内藤師の解説書を読んで、あたかも「歎異抄をひらく」を読んで影響をうけて親鸞会よりの解説になっているかのような印象操作がなされています。
しかし、実態はまるで反対です。おそらく弘宣局では、今回発行された内藤師の本のなかから、「歎異抄をひらく」と同じ表現がどこかにないかを懸命に探し、もしあればそれをもって「本願寺の勧学が高森先生の本を読んで間違いを正したのだ」というつもりでしょう。
今まで、散々批判をしてきた伝統教団なのに、こんどは「歎異抄をひらく」が正しい根拠として利用しているのですから、随分と変わったものだと感じます。
しかし、論説にも最後「親鸞学徒は内藤氏の解説書を縁として、真実開顕に大きく前進しなければならない」と書いてあるので、親鸞会会員の皆さんはまず読まないと「解説書を縁と」することは出来ないので、必ず購入してよくよく読んで見て下さい。どこが「歎異抄をひらく」と違うのか同じなのか、これを縁として親鸞会会員に真実が開顕されることを念じます。