親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

Youtube動画「親鸞聖人の教えに善の勧めはあるかないか」(浄土真宗を学ぶch by 渡部隆志)に見る親鸞会の内向き志向

2023年05月19日(金)Youtubeに以下の動画が公開されました。

www.youtube.com

タイトルだけを見ると【親鸞聖人の教えに善の勧めはあるか ないか】となっており、親鸞会批判に反論する内容なのかと思いました。しかし、内容を確認してみると、先日「聞き損なった会員が言っているにすぎない」と主張した内容を、浄土真宗親鸞会渡部隆志弘宣局長が、そのまま話しているという何かのコントのような内容でした。


前回以下の記事を書いた後に出てきた動画だったので、少しは変わっているかと思いましたが、そうではありませんでした。
shinrankaidakkai.hatenablog.com

全体の感想・もはや外部の批判に反論する気がなくなった親鸞会

今回の動画は誰を対象に作られたものかといえば、Youtubeを見ている会員です。親鸞会から見ると「脱会予備軍」の人たちを対象にしています。これまでのような、「すべての人に親鸞会の教えを徹底する」「批判者の批判に反論する」というものではありません。

なぜYoutubeを見ている会員に向けて動画を作らなければならなかったのでしょうか?それは、それだけ親鸞会での脱会者や脱会予備軍のような人が増えているからです。これまでは、機関誌・顕真・顕正新聞で外部からの批判や会員の不審に対する記事を掲載することでなんとかやりすごそうとしてきました。しかし、今親鸞会会員の中でYoutube親鸞会に対する批判動画を見る人が増えています。今回はその会員をなんとか引き止めるための新たなネット対策のようです。


これまでネット上での親鸞会批判は、匿名掲示板、批判サイトや批判ブログしかありませんでした。そのため、親鸞会も以前は、批判サイトに対する反論サイトや反論ブログを複数作ってきました。スマートフォンをほとんどの人が持つ現在は、Youtubeで情報を見る年齢層も70代、80代の人も珍しくありません。親鸞会を支えてきた中心的な年代である50代〜70代の会員も「ネットは見るな」と言われても、普通にYoutubeを見るようになっています。そこで、「親鸞会」とか「三願転入」と検索すると、親鸞会にとって都合の悪い動画が出てくるようになりました。そこに、会員に向けて情報発信しようというのが今回の動画です。


そのため、「外部からどう思われても構わない」「ふらふらしている会員が説得できればいいんだ」という意思が強く感じられる内容となっています。あからさまに言えば、「自ら親鸞会情報を探すような会員はもうあきらめた」「いわゆる情報弱者の会員を説得できればいい」というものです。
もはや外部からの批判に反論する余裕はなく、一人でも退会予備軍の人を引き止める事が今の親鸞会における最大の関心事のようです。

内容・論理破綻の連続

内容については、論理破綻の連続のため浄土真宗の教えを学んだ事のある人ならば、「一体なんの話をしているのだろう」と思う内容です。それだけ、退会予備軍の会員に特化した内容ということです。以前だと、会員向けの機関誌・顕真に載せるような内容そのままです。これまでは、多くの人の眼に触れる媒体に発信する時は、それなりに穏当な表現を心がけてきた親鸞会ですが、その意味でももはや余裕は無いようです。


内容に一つ一つ書くと、かなりの長文になり、かつ既にいろいろな方が書かれた内容なので、一つだけ書きます。

「そのままの救い」だけど「十九願を通らないと救われない」

今回の動画の中でも、代表的なものが、上記に書いたものです。

youtu.be
(動画再生 9:05〜)

阿弥陀仏はそのように見抜かれた上で そんなものをそのまま救うとおっしゃってるんです。
そんなものを無条件で救うとおっしゃってるんです。
煩悩を減らしてこいとか悪をやめてこいと かそんなことをおっしゃってないんです。
どんな悪人でもそのまま救うとおっしゃってるんです。 これが阿弥陀仏の実に大きなそして深い
とてつもなく深い阿弥陀仏のお慈悲なんです。 これは本当のことなんです


こう言いながら、後半はこうなります。
youtu.be
(動画再生22:10〜)

22:10
なぜ 阿弥陀仏が方便の十九願を建てられたのかというと、 この道程を自ら通らないと本当の他力の信心は獲られないからです。
これは 阿弥陀仏が作られた道程なんです。

「聞き損ないの会員」が言っていた内容を、そのまま話しています。「この道程(十九願)を自ら通らないと本当の他力の信心は獲られない」とは、十九願の修諸功徳を自ら実践しないと他力の信心を獲られないというのが親鸞会の主張です。

十八願が「どうやって衆生を救うか」については説明が皆無

十八願については、以下の説明しかありません。
【親鸞聖人の教えに善の勧めはあるか ないか】 - YouTube
(動画再生 1:38〜)

阿弥陀仏はすべての人を必ず絶対の幸福に助ける。 人間に生まれてよかったなぁという心からの幸せに救い取ってみせると誓っていらっしゃる。

十八願は、親鸞会が強調する歎異抄にも「本願を信じ念仏を申さば仏に成る」とあります。「信心」も「念仏」も、十八願の説明には何も出てきません。

ほとんどの時間は十九願と、機責めを行う人工信心への批判です。

現在の親鸞会の教えが凝縮された動画

親鸞会の弘宣局長の動画なので、これが現在の親鸞会の教えの全てといっていいでしょう。この35分の内容を、一日に延ばして聞いている人が不審に思わないようにしていたのが高森顕徹会長の話です。

3時間から3時間半の内容を、35分に要約することで逆に親鸞会の教えのおかしなところが浮き彫りになるような内容でした。

三願転入といいながら、十九願の話しかありません。また、十八願の救いについては全く言及しません。話の内容にそって理解をするなら、「十九願で救われる」と言わざるを獲ないのが親鸞会の教えです。

信心も、念仏もなく、あるのはただ「この道程(十九願)を自ら通らないと本当の他力の信心は獲られない」です。法蔵菩薩の五劫思惟と兆載永劫のご苦労によって建てられ、成就した本願をこれだけ否定しているのが親鸞会です。

親鸞会が自ら要約したことで、より分かりやすくなった親鸞会の教えを聞いて、少しでも不審に思った会員の方は、このまま会員を続けるべきかどうかをよくよく考えて見てください。また、すでに退会した会員に知人がいれば、連絡をとって話を聞いて見てください。

「そのままの救い」とは「ただ今の救い」です。「この道程を自ら通らねば」と言っている時点で、「そのまま」でも「ただ今」でもありません。阿弥陀仏の第十八願は「本願を信じ念仏を申さば仏に成る」です。