親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

「二十数年前大学入学時に勧誘されるも、まともに活動に参加しなかったために十二月頃に切り捨てられた経験がある者です。(略)当時勧誘していた方々はどのような気持ちで活動していたのかと、今更ながら聞いてみたいと思うことがあります。」(元敗残者さんのコメントより)

安心問答に頂いたコメントですが、親鸞会の活動に関することなのでこちらにエントリーを書きます。

元敗残者 2018/06/07 00:44
初めてコメント致します。
二十数年前大学入学時に勧誘されるも、まともに活動に参加しなかったために
十二月頃に切り捨てられた経験がある者です(同時期に切り捨てられた同期もいました〕。
恐らくは兵士として使い物になりそうもない連中は早いうちに切り捨てる方針が
親鸞会には存在していたのでしょうが、
こちらとしては切り捨てた先輩に対して
「自分の功徳のためならば平気で他人を利用したり切り捨てるのか」と
憤りを感じたものでした。
当時勧誘していた方々はどのような気持ちで活動していたのかと、
今更ながら聞いてみたいと思うことがあります。

http://d.hatena.ne.jp/yamamoya/20180603/1527971712#c1528299869

元敗残者さんコメントを頂き有り難うございました。
私が親鸞会に入会したのは今から25年前なので、ほぼ年代は重なると思います。当時は、親鸞会学生部も会員数がどんどんと増える時期で、入会者数を追い求めている時期だったと記憶しています。

私が活動していたのは関西学院大学でした。最後は部長をしていましたが、大学時代の4年間で入会したけれど退会した人、入会まではしないまま離れていった人は多くあります。これを書いている間にも、それらの方々の顔が頭に浮かびます。

当時の私が何を考えて活動をしていたのかを振り返るとは、親鸞会の教義と組織にどっぷりと浸かり、親鸞会というシステムに逆らわないように、従うようにというのが行動基準でした。


丁度受験シーズンの受験生のような感覚です。決められた出題傾向に答えるべく、それに合わせた努力をし、それに付いていけない人がいても、そこに心を振り向けている余裕がないようなものです。


「倒れた法友の屍を乗り越えて」という高森顕徹会長の言葉も真に受けて、その通りに活動をし、退会した人や入会しないまま離れていった人のことを振り返る余裕はありませんでした。


しかし、これは本来の浄土真宗からいえばおかしなものです。真宗宗歌に「みくにの旅をともにせん」と歌いながら、受験競争のような気持ちで信心決定しようとするのは矛盾しています。そうなってしまった原因は、「宿善を厚くする」とか「蒔いたタネは必ず生える」の教えをすり込まれ、つまるところ阿弥陀仏の救いを求めいてるといいながらも、思い切り損得でしかものごとを考えない人間になっていました。


高森顕徹会長の話を遠路はるばる聞きに行くのは、自分の求道にとって「得」だからするのであり、親鸞会が推奨しないことをするのは求道にとって「損」だからしなくなりました。また、縁がはなれそうな人、親鸞会の活動についていけない人に対して、本当に親身になって相談に乗るとか、会のおかしなところを改善しようということをしてこなかったのは「得にならない」からです。


結局、自分の求道にとって親鸞会的に言えば「横の線を進むこと=得なこと」「横の線を進まないこと・後退すること=損なこと」という考えで行動していました。今考えると、そんな損得勘定ばかりしていては、阿弥陀仏の本願が聞けないのは当然のことです。去っていった人には、今思えば本当に申し訳ないことだと思います。


学生部で言えば、そのうち「幹部合宿」という指摘合宿で「親鸞会会員としてあるべき姿でないもの」が衆人のまえで一斉に指摘され、「ああはなるまい」というまたしてもわが身可愛さの損得勘定で、ますます親鸞会が望む親鸞会会員になろうとしました。


その行き着く先は、「親鸞会講師部員になること」でした。親鸞会というシステムになんとか適応しようとした学生は、最後講師部、特専部、親友部になろうとします。私もその一人でした。


しかし、講師部員になっても、構造は同じでした。毎月行われる「講師部総会」では「問題のある講師」が、全講師部員約200名から一斉に指摘をされ、講師部合宿ともなれば泊まり込みで同じような指摘会合が続きます。
その指摘の内容はほぼ「高森顕徹会長に申し訳ないと思わないのか」とか、「親鸞講師部は会員の模範たらねばならないのではないのか」「命を懸けると誓って講師部に入ったのではないのか」というものです。自分が指摘されなくても、そのような指摘をずっと聞いていると、それらの指摘が内面化していき、自分の行動規範になっていきました。


その結果、常に高森顕徹会長や上層部の方を向き、会員のみなさんの要求にはそれほど耳を貸さない講師部員が出来上がっていきます。それも、組織の中での指摘されるされないという、ただの損得勘定の話です。


私は、直接面識がある方かどうかは分かりませんが、もしそうならばこの場を借りて本当に申し訳ないことをしたと、お詫び申し上げます。会がどうあれ、その会の指示に従ってしまったのは、私が弱かったからという以外にありません。