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親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

脱会者の辞めた理由の変化が表す親鸞会の現状

昨年から今年にかけて親鸞会を脱会された方が以前より多くなったように感じています。もちろん実数はわかりませんが、私に来る問い合わせの数はここ五年をみると明らかに増えています。
最近脱会理由が変化してきたことを知りましたので、そこから見える親鸞会の現状について書いて行きます。

これまでの脱会理由「お布施、人集めに耐えられない」

それらの人に脱会を決心した理由を聞くと、地元の会館を建てるにあたって多額の「お布施」の負担に耐えられなくなったとか、入会人数を増やす為に入会のハードルを下げてとにかく人集めが激しくなったからというものが多かったです。そこで会への不審が高まったところで、親鸞会教義の誤りを知り脱会するというものです。私も最近までは、それが理由だと思っていました。しかし、それだけでは最近の脱会者の問い合わせの増加は説明し切ることにはなりません。
なぜなら「多額のお布施」と「人集め活動の大変さ」は親鸞会の二枚看板といってもいいくらい以前からあることです。以前の正本堂建立も、目標を達成する為に各地で大変な募財活動*1は激しく行われていましたし、入会目標や親鸞会館の参詣入目標を達成するための活動も大変でした。また親鸞会教義が浄土真宗と違うことも以前からも変わりません。
それにも関わらず、最近脱会する人が増えているのだろうかと思っているところ、ある脱会された方から聞いた話が腑に落ちました。

最近の脱会理由「高森顕徹会長の話の質が落ちたから」

その理由は「高森顕徹会長の話の質が落ちたから」というものです。
昨年より映画「なぜ生きる」の制作が始まり、高森顕徹会長の話は「なぜ生きる」一色になりました。
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話は、映画「なぜ生きる」の「難度海」の話と、「大船がある」の話ばかりになったそうです。ここまで聞くと、元会員の多くは「それは前もそうだった」と思われると思います。しかし、内容はほとんどシナリオを朗読するように同じとなれば、以前とは違います。加えて、話そのものが途中で終わったり、座談会では問いと答えが明らかに違う話をしてみたりということが増えてきています。
以前は、同じ話であっても「次も聞きに行こう」という気持ちになるような話をする技術を高森会長はもっていました。だからこそ、多くの会員と「同じ話」と思いながらも、たまに出てくる会長の「真宗らしい」話を聞きにいきました。時々でてくる「本願のいわれらしい話」を期待して参詣していました。
しかし、昨年から高森会長の話は、その期待にこたえるような話は出来なくなりました。元々真宗の本来の話が極く少ないのが高森会長の話の特徴です。それを「人を引き付ける話をする技術」でなんとか法話の体裁をとって多くの会員を引き止めていたのが親鸞会です。

親鸞会に留まる理由がなくなった。

その技術が維持できなくなった現在、親鸞会館に話を聞きに行っても、「真宗でもない」「意味の分からない」「救いもない」話しか聞けません。多額のお布施や、激しい人集め活動を続けて来た会員が、会員を続けている最大の理由は「高森顕徹会長の話が聞ける」です。その最後の砦がなくなってしまっては、最早親鸞会に留まる理由はなくなりました。
最近の脱会者の問い合わせが増えた背景にあったのは「高森会長の話の質が落ちた」でした。「高森会長の話す力」一つで出来上がり、維持されているのが親鸞会です。それでも、現状は高森会長が話をしていますが、本当に話をしなく成った時は、親鸞会はいまの状態では存在しなくなります。
それでも高森会長と一緒にいたい人は、会に留まるのも自由です。しかし、浄土真宗の教えを聞きたい、阿弥陀仏に救われたい、浄土に往生して成仏したい人は、速やかに脱会されることをお勧めします。

*1:お布施を会員から募る活動

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