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親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

親鸞会の年頭所感をまとめると「いつ死ぬかわからないから財産は親鸞会に出せ」

顕正新聞 親鸞会機関誌より 宿善

顕正新聞*1平成25年1月1日号は、年頭所感が掲載されています。前回のエントリーに紹介した以外の部分で紹介します。年頭所感は、会長はじめ各部門長が文章を書いているので、現在の親鸞会活動方針がよくわかります。

新年の確認と怒濤の光輪 高森顕徹
(略)
いつ、どこで、どうなるか、想定外のことがあたりに満ちているのである。
「死の縁無量なり
(略)
我も信じ他人にも教え聞かしむる使命に燃える親鸞学徒には、今年も無意味に過ごす一日もあってはならない。
怒濤の光輪に突入しよう

(久々に)初聞法会でのお話(1) : あさ川進の、宗教と私でも、「すべての人間の姿の絵」が紹介されています。最近の高森会長の話は、「いつ死ぬかわからない」と無常を強調して会員に話をしているようです。

その会員に対して、何を推進しているかというと、会館建設と顕正活動*2です。現在親鸞会の会館は、一昨年から12の会館が建設されています。

斬るか斬られるか、白兵戦の顕正 講師局長
(略)
昨年は能登会館を皮切りに、11の会館が完成し連日、真宗難民へ法施の拠点となっている。そして今年もすでに広島、南砺、信州、札幌、富山県氷見に会館建立が決定し着々とその準備が進められている。これらの会館が、やがてアニメ弘宣の作戦本部であろう。ご著書やメディアで伝えるのが空爆なら、アニメ弘宣は一対一の地上戦である。

最近は、各地でアニメ「世界の光親鸞聖人」の上映会を行っているようです。


そして、現在の会員には「何百年に一人現れるかどうかの真の知識」から話を聞けることを慶ぼうと呼びかけます。

善知識との邂逅あればこそ 総務局長
(略)
何百年に一人現れるかどうかの真の知識からご教導を頂ける人は稀なのだ。
(略)
ましてや善知識との巡り遇いは不思議な仏縁あればこそである。
(略)
先達は善知識探しに命を懸けている。
無上甚深微妙の法に遇っている今こそ真の知識を心から尊び敬ってきかせて頂こうではないか。

その親鸞会で言うところの善知識といえば高森顕徹会長以外にはありません。その高森会長が、また最近よく話をしているのが「宿善」です。前回のエントリーに書きましたが、親鸞会で「宿善」といえば、阿弥陀仏に救われるまでにする善い行いを指します。特に「善い行い」として推進されるのが「お布施」です。


そこで、年頭所感には次のように続きます。

財は仏法に生かす 特専部長
(略)
死んでいく時は、財産全てこの世に置いていくのだ。ただ置いていくだけではない。残された財産は、子どもたちの喧嘩の種になる。財産さえ残していかなければ、仲がよかったろうに、遺産があるばかりに争いをしている兄弟がどれほどあることか。
財産を得ることは悪いことではないが、得た財産は真実のために使ってこそ生きるのである。

喧嘩の種を残すくらいなら、きれいさっぱり親鸞会にお布施しなさいと書いてあります。

その次に続くのが、前回エントリーに書いた「論説」の宿善の話です。丁度見開きで右手に「財は仏法に生かす」左手に「宿善まかせ」という構成です。


タイトルにも書きましたが、平成25年の親鸞会の年頭所感をまとめると、「いつ死ぬかわからないから、喧嘩の種になるお金は親鸞会にお布施しなさい。それが宿善となるとおしえられる何百年に一人の善知識あえたことを慶びなさい。そして会館を建設し、活動に頑張ろう」となります。


現在ただ今救われる本願であり、本願にただ今救われようとか、救われたことを互いに慶ぼうという内容はほとんどありませんでした。今年も建物建設や会員増大に力を入れて自身の後生を顧みることはないのでしょうか。これを読まれた会員の方は、自分自身の往生浄土について考えてみてください。

*1:顕正新聞…宗教法人浄土真宗親鸞会機関誌

*2:顕正活動…勧誘活動