親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

「本願寺さんに立ち直っていただきたい。親鸞会の講師はみんなそう思っています」に見える親鸞会の変化(渡部隆志弘宣局長YouTubeより)

宗教法人浄土真宗親鸞会渡部隆志弘宣局長のYouTubeを見ました。
youtu.be
浄土真宗の本尊】本願寺はいつ どうして名号から木像に変わったのか
2025/09/02公開

今回の動画で、これまでの親鸞会にない変化があったので紹介します。
動画全体は、本願寺史を通してそれまで主流ではなかった木像本尊になっていった歴史を紹介しています。

最後にこう言って結んでいます。

26:08から再生
浄土真宗のみ教えを全世界に広めたいんです。それには本願寺さんに立ち直っていただきたい。正しい教えに立ち返っていただきたい。そのことを願うものであります。
これは親鸞会の講師はみんなそう思っています。そして親鸞会のメンバーの皆さんもそれを願ってるんです。

私が知るかつての親鸞会は、本願寺を敵視していました。
高森顕徹会長は、若い頃に本願寺に火をつけようと考えて周りに止められて実行しなかったことを話してきました。
また、著作に以下のように書いています。

現今の本願寺は沈没寸前の老朽船です。
それどころか親鸞聖人や蓮如上人のみ教えをネジ曲げ、真実の仏法を破壊している本願寺の老船は速やかに爆沈すべきです。
これこそ「如来大悲の恩徳は、身を粉にしても報ずべし、師主知識の恩徳も、骨を砕きても謝すべし」の恩徳讃の心に燃える信心の行者の心意気でなければならないと確信しております。
(こんなことが知りたい 2より)

私が入会した頃は、まだこの勢いは残っており「打倒本願寺」の勢いがありました。講師や会員にも本願寺に座り込みに行った人も珍しくなく、本願寺を憎むべき対象として捉えていました。


しかし、高森会長も会員の前に姿を現さなくなり5年経ち、音声のみの座談会が不定期に公開されるのみなのが現状です。
そこで今回の動画では、「親鸞会の講師も会員も全員本願寺さんに立ち直っていただきたい」ですから時代が変わったものだと思います。親鸞会の次の時代を見据えて、本願寺と敵対するより協力しようと方針を変えたようです。それにしても、講師も会員も全員そう思っていると言い切るあたりに、かつての本願寺に見切りをつけて親鸞会に入会したような会員も少なくなったのだと感じます。寺の出身ながら親鸞会講師になった人も今はこう思っているのだろうかと思いました。

今回別記事に、1973年に公開された親鸞会批判論文を載せました。
そこから一部抜粋します。

それら高森氏の著書を始めとし、新聞に至るまでの所謂「親鸞会」の思想及び出張を考察し、その特色を上げると次のごとくであると思われる。
一、一念覚知を主張する。
一、歓喜正因を主張する。
一、善知識だのみを主張する。
一、地獄秘事を主張する。
一、この世の地獄・極楽を主張する。
一、本尊は六字名号のみとする。(不拝秘事の傾向あり)
一、俗諦門の軽視。
一、歎異抄の軽視。
一、霊魂の実在を認める。
一、年忌法要の無視。
以上の親鸞会の特色のなか、特にいま私がこの小論で論究せんとするのは前四項、即ち一念覚知・歓喜正因・善知識だのみ・地獄秘事の問題である。しかし、この四項はそれぞれ独立した思想体系を持つのではなく、実は「善知識だのみ」をその基盤として相関関係、もしくは派生的関係を持つ思想的一連性を持つものであると思われる。
1973年の親鸞会批判論文の紹介「現代における異義の研究(一)特に「浄土真宗親鸞会」について」 - 親鸞会を脱会した人(したい人)へ

これだけ批判されてきたこともあり、本願寺を敵視してきたのですが、今回の動画の締めくくりはそこからずいぶん方向転換をしたものだと思います。

上記の批判の中の「歎異抄の軽視」とあったのが、今は歎異抄に大いに学ぼう | 歎異抄大学を各地で行っているのですからその変わりぶりも伺えます。

ただ本質的にあるのは、やはり「善知識だのみ」です。今後親鸞会はたのむべき善知識をどのような形にするかを模索していくことになると思います。現役会員の方も親鸞会を離れても、善知識だのみではなく、阿弥陀仏をたのんで下さい。