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親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

書評4「なぜ生きる2」(1万年堂出版 高森顕徹著)を一言で言えば「真実を捨てて方便に入れ」浄土真宗を知りたい人は絶対読んではいけないトンデモ本

「なぜ生きる2」(一万年堂出版 高森顕徹著)に出てくる「重要なキーワード」は、この本がどういう意図で書かれているかを知る上で「重要なキーワード」となります。

なぜ生きる 2

なぜ生きる 2


前回のエントリーに書きましたが、この「重要なキーワード」は浄土真宗の教えとあっている部分とあっていない部分が混在してます。そのなかで「浄土真宗の教えと違う部分」が、著者である高森顕徹氏(宗教法人浄土真宗親鸞会・会長)の狙いを示す部分です。

重要なキーワードの1位は「方便=真実へ導くに不可欠な教え」

そこで、この重要なキーワードは19点掲載されています。そのなかで最も「重要なキーワード」は、「方便=真実へ導くに不可欠な教え」です。

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なぜなら「なぜ生きる2」の内容は、この「重要なキーワード」が土台となっているからです。逆に言えば、「方便=真実へ導くに不可欠な教え」が成り立たなければ「なぜ生きる2」の内容はすべて成り立たなくなります。

そこで、今回は特に「方便」について書きます。「浄土真宗辞典」(本願寺出版社)より、「方便」の意味について紹介します。

浄土真宗辞典

浄土真宗辞典

ほうべん 方便
梵語ウパーヤ(upaya)の意訳。近づく、到達するの意。巧みな方法を用いて衆生を導くこと、真実の法に導くための仮のてだてとしての教え、巧みな教化方法、差別の事象を知って衆生を利益する智慧などの種々の意味がある。(略)
浄土真宗では、善巧方便と権仮方便との2種類の意があるとされる。→ごんけほうべん〔
権仮方便〕、→ぜんぎょうほうべん〔善巧方便〕(浄土真宗辞典より)

ここにありますが、浄土真宗で言う方便とは「善巧方便」と「権仮方便」の二つの意味です。

それぞれについて、また「浄土真宗辞典」(本願寺出版社)から紹介します。

ごんけほうべん 権仮方便
真実の法に入らしめるために仮に設けた法門のこと。権仮・権方便・権門などともいう。方便の願、方便の行信、方便化身土などと言われる場合の「方便」がこれに相当する。一度真実に入ったならば不要となり廃されるため暫用還廃(ざんゆうげんぱい)(暫く用いて還りて廃す)の法ともいわれる。「化身土巻」には「この願の行信によりて、浄土の要門、方便権仮を開顕す」(註392)、『浄土和讃』には「聖道権仮の方便に 衆生ひさしくとどまりて 諸有に流転の身とぞなる 悲願の一乗帰命せよ」(註569)などとある。(浄土真宗辞典より)

ぜんぎょうほうべん 善巧方便
仏・菩薩の智慧のはたらきそのもので、“大悲の具現としての手段・方法”のこと。阿弥陀仏を方便法身という場合の「方便」がこれに相当する。『高僧和讚』には「釈迦・弥陀は慈悲の父母 種々に善巧方便し われらが無上の信心を 発起せしめたまひけり」(註591)とある。(浄土真宗辞典より)

この「なぜ生きる2」に出てくる「三願転入」では「十九願・二十願」は教行信証化身土巻に書かれている内容なので「権仮方便」となります。「権仮方便」は、「暫用還廃(ざんゆうげんぱい)(暫く用いて還りて廃す)の法」ですから、別の言葉でいえば「方便を捨てて真実に入れ」「真実に入れば捨てるもの」というのが「権仮方便」です。


したがって、この前提から出てくる以下の重要なキーワードは成り立ちません。
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正しくは「三願転入」=「方便を捨てて真実に入る」となります。また、この「権仮方便」とは、この「なぜ生きる2」や親鸞会で言われるような「絶対実行しなければ捨てられないもの」というのは理屈にあわないことです。基本的に権仮方便は「法門」ですから、別の言葉で言えば「教え」です。阿弥陀仏の第十八願における「南無阿弥陀仏の大行が私を浄土往生させると聞いて疑い無く信じる」という「法門」が信じられない人の為に設けられたのが十九願、二十願です。


元々「浄土真宗の教え」は、第十八願の法門です。それが信じられない人が、なぜ「浄土真宗」を名のる団体にいるのかは謎です。言うなれば「私は十九願を実行しています」と言っている人は、浄土真宗の教えを信じていないということです。「法門」という点で言えば、「十九願の法門」を信じている人が「第十八願の法門」を信じている訳はありませんので、「第十八願の法門」を信じる時には「第十九願の法門」を捨てねばなりません。


そもそも「法門」ですから、実行するにしても「その法門が正しいものと信じた」上で実行するものです。「この法門はやがて捨てるもの」と思って実行している人はそもそもその法門を「信じていない」わけです。信じていない法門を、信じているふりをして実行するポーズをとるというのは、仏様をバカにするにもほどがあるというものです。そもそも信じてもいない法門ならば、直ちにすてて真実の法門(第十八願の法門)に入るべきです。


大事なところなので特に現役親鸞会会員の人に、繰り返しになりますがお尋ねしたいと思います。
「第十九願の法門」は、「修諸功徳」をしてその功徳を「阿弥陀仏の浄土往生にさし向ければ」「臨終に阿弥陀仏が来迎」するというものです。これを「本気で信じて」、全国に会館を建てる「お布施」を出しているのでしょうか?高森会長の本を売るための新聞広告にお金を出しているのでしょうか?
f:id:yamamoya:20131229155214p:plain(讀売新聞 2013年12月17日朝刊 山口版より)


「いやいやいや、そんなことは信じていません。ただ今救われる平生業成が親鸞聖人の教えです」と言われる方は、「浄土真宗を信じている」人です。つまり「第十八願の法門を信じている」人です。それならば、高森顕徹会長の指示に従って献金を続けることは「ただの金集めに協力しているだけ」にすぎません。ただちに辞めるべきことです。


私が在籍していたころ、高森顕徹会長は「方便をどうせ方便だからと真剣にやらないのは間違いだ。真剣にやらねば方便が方便と分からない」というようなことを言っていました。今回の「なぜ生きる2」にも同様の趣旨の文章が何ヶ所か出てきます。これを、先ほどから書いている「法門(教え)」という観点からいえば、高森会長の主張はこうなります。「第十九願を方便と思っていてはいけない。第十九願こそ真実と思って(いわば第十八願を捨てて)実行せよ」ということです。



一言で言えば「真実を捨てて方便に入れ」が高森会長の主張する「三願転入」の解説です。「真実を捨てねば方便に入れない」と言っているのですから、真実に入れと言っているのか入るなと言っているのか理解ができません。何がしたいのか理解不能なことを、現役会員(元会員)は聞かされていたということです。別の言葉でいえば「第十八願を捨てて、第十九願に入れ」「無量寿経を捨てて、観無量寿経に入れ」「浄土真宗を捨てて、浄土他流に入れ」と主張しているのが、宗教法人浄土真宗親鸞会高森顕徹会長)・「なぜ生きる2」の実態です。そんな著者が「これが浄土真宗(親鸞聖人の教えだ)」と、新聞に広告まで出して宣伝をしているのですから、どれだけ親鸞聖人が悲しまれ、怒られることかお分かりでしょうか?



上記の理由により、「浄土真宗を学びたい」「浄土真宗とは何か?」「南無阿弥陀仏に救われたい」「浄土往生する身になりたい」という方は、絶対に読んではいけない本がこの「なぜ生きる2」です。


このような本を一般に「トンデモ本」といいます。「トンデモ本」の内容については、普通は専門家は反論本を出さないものです。


一例を挙げますと、トンデモ本大賞というものがあります。

2012年日本トンデモ本大賞は、
泉パウロ『本当かデマか3・11[人工地震説の根拠]衝撃検証』(ヒカルランド)
に決定しました

本当かデマか 3・11[人工地震説の根拠]衝撃検証(超☆はらはら)

本当かデマか 3・11[人工地震説の根拠]衝撃検証(超☆はらはら)

http://www.togakkai.com/taisyou/2012.html

これに反論する地震専門家はいません。ただ、リンク先をたどってAmazonのレビューをご覧頂ければ、なぜ生きる2のレビューの傾向とよく似ていることがわかられると思います。


高森顕徹会長の「歎異抄をひらく」には、大谷派本願寺派から反論がないということをさかんに機関誌で報じています。
f:id:yamamoya:20131229153222p:plain(顕正新聞H25年12月15日号1面より)
今月で5年9カ月反論書がでていないことを「顕正新聞(親鸞会機関誌)」一面に報じています。これについて、現役会員の人に少し想像力を働かせてもらいたいと思います。もし、このままこの年月が延長していって「50年」になったとしたら、今でも同じことが言えるでしょうか。現実に「歎異抄の解説書」は出版されています。ただ、歎異抄をひらく」の反論書だけが出ていないだけです。仮に50年経っても反論書が出ない本とはどんな本でしょう?前述した「トンデモ本」だということです。顕正新聞の一面に掲載されている〔真実開顕へ刻む時〕は、自らの本を「トンデモ本」だと宣伝しているにすぎません。


最後に、「重要なキーワード」のどれが浄土真宗の教えとして間違いかを分類します。「明らかに間違い」「ミスリードする意図が感じられるグレー」「明確に間違いとは言えない」に分類しました。

明らかに間違い

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スリードする意図が感じられるグレー

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明確に間違いとは言えない

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