親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

機関紙で平成の親鸞会を振り返る(2)

shinrankaidakkai.hatenablog.com
前回の記事の続きです。

平成11年 世界の光親鸞聖人シリーズ完結編発売・顕真学院新館完成・蓮如上人500回忌法要

世界の光親鸞聖人シリーズ完結編が完成

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これにより、「光大作戦」「光法戦」は事実上の終了となりました。「このアニメで世界が変わる」と言っていたことを今振り返ると何だったのだろうかと考えている会員も多いです。

顕真学院新館完成

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親鸞会の講師部員・親友部員の養成機関である顕真学院に新館が増築されました。今後の親鸞会を支える人材育成を目指して、100人収容できるように増築しました。しかし、その後100人まで増えたことはなく、学生部会員の減少に伴い顕真学院生も減少していきました。学院生の数が最も多かったのは建築が計画された平成10年ごろです。



本願寺から、人工信心集団へと批判の矛先が変わる。

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理由は、親鸞会を退会して華光会に入る会員が増えたことです。


「親鸞会会員聖則」は「親鸞学徒信条」に変更となる。

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顕真はこの号以降「親鸞学徒信条」を毎号掲載していきます。理由は、会員制度を改め、全員が正会員との触れ込みで会員全員に携帯用正御本尊が貸与されることになったからです。それに伴い新会費制度も導入され、一ヶ月3000円から最高月100万円間での会費区分が設定されました。会費と建立ご報謝の2本立てだったものを、これからは会費一本で統一していくとの発表でした。
しかし、これはその後の高森顕徹会長の著作の宣伝費や相次ぐ建物の建設費用が別に募られるようになり有名無実化していきます。加えて言えば、なぜ全員一度退会して新規入会しなければならなかったのは今でも理由はよく分かっていません。多額の入会金以上に何か理由があったのだと思います。


蓮如上人500回忌

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顕真平成11年12月号より蓮如上人500回忌
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顕真平成11年12月号より蓮如上人500回忌
血染めの恩徳讃を上映。これは蓮如上人時代の吉崎御坊の火災の際、命をかけて教行信証を護った本光房了顕の話です。スライド上映でシナリオを高森顕徹会長が作成、音声は親鸞会会員が担当しました。後の映画「なぜ生きる」の元になったものです。


平成12年 1万年堂出版から「光に向かって 100の花束」発刊

11月 高森顕徹会長の著作「光に向かって100の花束」が発刊

光に向かって100の花束
ランキングに載せるために、組織的な購買活動始まる。その結果がこちら
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五木寛之氏への反論を展開→後のなぜ生きるへ

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事情を説明しますと、以前は五木寛之氏が自身が高森顕徹会長の話に関心を寄せていたことがありました。著名な五木寛之氏に、高森顕徹会長の話に関係した著作を書いてもらえるかもしれないと親鸞会弘宣部は期待をしていました。当時は、会員以外には取り扱いができないことになっていた高森顕徹会長の御法話ビデオを貸し出すほどの入れ込みようでした。もちろん高森顕徹会長も期待は大きかったようです。
しかし、その後「人生の目的」とそのものズバリのタイトルの本を五木寛之氏が出したものの、その中で「人生の目的はない」とありました。てっきり「人生に目的はある。それは絶対の幸福になること」のようなことが書かれていると思っていた高森顕徹会長の落胆は大きく、「五木寛之氏の本に対する反論を書きなさい」と講師部全体に号令が下りました。
その後、文章に自信のある講師たちが様々な反論文を書き、顕正新聞、顕真に度々掲載されました。これが、後に高森顕徹会長が監修ということになっている「なぜ生きる」を発刊する契機となりました。


学生部新勧の不調を受けて、機関誌でも青年部・婦人部の活動の焦点をあてた記事を掲載される。

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「若い力が東奔西走する」
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ハリキリママさん特集
これについては、遡ること平成7年のオウム真理教による地下鉄サリン事件以来、各地の大学で宗教団体が事実上運営しているダミーサークルに対する取り締まりが厳しくなってきました。親鸞会という名前を出さずにダミーサークルをつくり勧誘を続け、会員数を増やしてきた親鸞会学生部は平成7年以降下降線をたどるようになっていきます。


平成13年 なぜ生きるを発刊

なぜ生きる
この本も全国の会員を動員して、ランキング書店から組織的購入をする。

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f:id:yamamoya:20190505043746p:plain各地の会合は「なぜ生きる」一色になる。
この頃から高森顕徹会長の全国各地での法話はなくなり、富山県の親鸞会館のみになります。理由は体力面。この時高森顕徹会長は、72才。


平成14年 支部長制度始まる・正本堂着工

支部長制度とは

それまでの本部制という体制から支部長制度に移行しました。
具体的には、以前は総本部長−本部長(大体地方単位・関東・関西など)−本部内の各支部担当講師という組織体制となっていました。活動目標や、財施の目標は総本部長から、各本部単位へ割り振られ、各本部長が各支部へと割り振るという形になっていました。
そこから、「高森顕徹会長と同じ道を歩むように」という触れ込みで始まったのが支部長制度でした。それは、高森顕徹会長がかつてたった一人で各家庭を回って家庭で法話をしてやがて力をつけて今の親鸞会があるというものです。
それに伴い総本部制度は解体し、それぞれの支部に講師部員が支部長として活動する以外は、支部長同士の上下関係はなくどこで布教をしても自由というものです。
そして、支部長は法話をして参詣者から頂いたお布施だけで生きていくというのが、大事なところでした。それまでは、総本部制で上意下達組織であるかわりに、講師部員には一定金額のいわゆる賃金が支払われていました。それが、支部長制度では親鸞会からの賃金はゼロになりました。
それぞれが、「独立した布教使」となり活動するというものです。いわゆる「個人事業主」となります。しかし、税務署に登録をするわけでもないので、税金の申告は白色申告しかできません。現実面だけ言えば、活動部門の講師部員は全員リストラされたということです。
しかし、「自由な布教が出来る」「上司の顔色を気にしなくてもいい」ということに注目をした講師部員でその現実に気がつく人は企画した人以外にはありませんでした。
しかし、その「自由な布教」も、数ヶ月が色々な問題が生じて、高森顕徹会長が作成した「10分間説法の原稿を暗記して話す」+ビデオ御法話の上映に限定されるようになり実現しなくなりました。また、人気講師が自身の活動地以外からの招待が多いとそれも問題視され「どこで布教してもいい」もなくなってきました。

正本堂着工 以降正本堂一色の報道へ

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光に向かって123のこころのたね発刊

光に向かって123のこころのタネ

9月号から本会黎明期の証言連載始まる。

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ビデオ法話のこともあり、高森顕徹会長を絶対視する記事が続く。またこの年から、顕真は建物と過去の親鸞会はいかに凄かったかの記事が続く。
今で言う「ニッポンスゴイ」の報道と同じように、衰退期の組織は過去の栄光を美化したがるものです。


平成15年 正本堂工事続く・地下道の追加決定

正本堂の工事続く

機関紙はほぼこれ一色です。一部を紹介します。
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人工信心の実態特集

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前年から続いて華光会に行く会員が目立つようになり、それに対する対策記事が作られるようになります。

4月 なぜ生きる 問いと答え始まる 光に向かって心地よい果実「笑訓」と「たわごと」発刊

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これが後の「高森顕徹会長著作・作品」座談会の始まり。
光に向かって心地よい果実―「笑訓」と「たわごと」
これも組織的購入をする。

9月 真宗史を一新する

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このあたりから親鸞会の意識が、アンチ本願寺から独立路線に変わり始める。

地下道の追加工事決定

正本堂の建設費用のお布施でかなり困っているところに地下道の追加工事を高森顕徹会長が決定。現場の会員戸惑う。


平成16年 正本堂完成

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正本堂で初の報恩講が開かれる・さらば本願寺

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正本堂が完成近くなると、親鸞会の意識に明確な変化が起きるようになりました。それは、「親鸞会はすでに本願寺を超えた存在なのだ」という自意識です。とりあえず本堂の広さだけは、真宗伝統教団のどこよりも広い公称2000畳です。
それまでは「真宗改革われらの手で」と言い続けてきた親鸞会でしたが、「真宗伝統教団を改革することはやめて我々は独自に親鸞聖人の教えをあきらかにしていくのだ」というスタンスに軸足を変えてきました。それが今日までの親鸞会に続いていきます。


平成17年 正本堂落慶法要

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親鸞学徒の強調はこのころからでした。前述しましたが、親鸞会の意識は独自路線へと変わったのはこの正本堂が出来たことで決定的になりました。

5月14日15日正本堂落慶法要

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二千畳満てらん火をもすぎゆきて 親鸞学徒使命果たさん
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実質の参詣者は、40周年のそれを超えることなく行事は終わりました。
停滞期が明確な数字として表れてきたのはこのころからです。事実上のピークは平成10年の40周年記念大会でしたが、その後、高森顕徹会長の高齢化、正本堂建設による会員の経済的負担の増加、学生部の勧誘の不調、支部長制度の導入などにより以前のようなことはできなくなっていました。それが顕在化したのがこの年の正本堂落慶でした。
それまでは、正本堂さえ完成すれば毎月1万人の参詣者がやってきて、さらなる発展をしていくと本気で親鸞会全体は考えていましたが、蓋をあけてみると落慶法要でもその数字には届かず、みな口にはしませんでしたが本当にこんな大きな会館が必用だったのだろうかと感じたものです。
もちろん「一宗の繁昌と申すは、人のおほくあつまり、威のおほきなることにてはなく候ふ。一人なりとも、人の信をとるが、一宗の繁昌に候ふ。」(御一代記聞書)の話はこのころどこにもありませんでした。


平成18年 信心の沙汰始まる

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機関誌でも、この「信心の沙汰」が特集されています。高森顕徹会長の号令のもと、親鸞会館の行事のあとで「信心の沙汰」をすることになりました。元々「信心の沙汰」とは「信心をとりたるかとらざるかの沙汰」なので、「信心を獲たかどうか」「私は信心を獲たと思っているがこれでよいのか」という話し合いをする場です。
しかし、現実問題とて親鸞会ではそのような人は殆どいません。そのため「信心の沙汰」が成立しません。そこで、実際の現場では「高森顕徹会長の話を聞いて疑問に思ったことをお互い話し合おう」というものになりました。しかし、それも何度もしていくと「あの時高森顕徹会長はどう言われたか」という記憶力テストの様相となり、年齢の高い会員にはあまり評判がよくありませんでした。

平成19年 聞法ドメイン事業始まる 前年より関連のお布施が続く

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親鸞会館の近くに土地を購入し、宿泊施設や食事も出来るところを建てるという「聞法ドメイン事業」がはじまりました。

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あんしん弁当
聞法ドメイン財施はじまる。
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大阪大学公認サークル取り消し

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関西の拠点大学だった大阪大学での親鸞会サークルが公認取り消しになりました。
このころで学生部の勧誘はほぼ途絶えといっても過言はありません。

平成20年 聞法ドメイン事業・歎異抄をひらく発刊・50周年大会

聞法ドメイン事業

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同朋の里 D館完成の記事
このころは「真宗万年の礎」と宣伝していましたが、各地に会館が建設されるようになるとほとんど報道もされなくなりました。実質上の運用は前とは変わらず親鸞会館での月2回の行事の前日と当日の4日間くらいしか稼働していません。

3月 歎異抄をひらく発刊

歎異抄をひらく
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新刊がでたことにより、この年は「歎異抄をひらく」一色になりました。加えて、広告宣伝費のお布施も募られ、聞法ドメインのお布施も重なり、会員の経済的負担はさらに増えることになります。

8月号 30年聞いたが助からなかったの記事

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これは、元講師部員の嶋田久義さん(故人)がネット上に記事を書いたことに対する高森顕徹会長の反論です。30年間講師を続けてきた人間に対してさえ高森顕徹会長の言葉はこういうものです。
blog.livedoor.jp

11月8日9日結成50周年大会「恩徳讃」

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まっしぐら 白道進む大悲の子
おくれるな 五十の船出 秋来たる
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すでに高森顕徹会長が二日間話をすることが出来ない状況になっているための日程。
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講師部辞めたら1000万円の誓約書が出てくる。

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前年から、講師部の退部が相次ぎ、また元講師部員によるネット上での批判が続いていました。
それにより、高森顕徹会長の著作の多くが、他人からの剽窃であることも明らかになり、また高森顕徹会長がかつて所属していた華光会とのことも明らかになりました。その中には「信心を獲た」という元講師部員もあらわれ、高森顕徹会長のみが真実を説くことが出来るという親鸞会の建て前に危機感を覚えた親鸞会は、綱紀粛正の為に「講師部辞めたら1000万円」の誓約書を書くように講師部員に要求しました。

現実としては「個人事業主」であり、親鸞会とは「事業提携関係」にしかない講師部員に対して「講師部辞めたら1000万円」というのは今考えるとおかしな話です。

この誓約書は、ネットに公開されたことで内容も変わり、今日はうやむやの内になくなってしまったそうです。

まとめ

平成11年から20年は、正本堂と関連事業である聞法ドメインでほぼ終わりました。
それに平行して高森顕徹会長の高齢化に伴うさまざまなかつての布教形態、運営モデルのほころびが出てきて、それに対して打つ手が後で振り返ると全部裏目に出る結果となった10年間でした。

長くなったので、平成21年以降は次の記事に書きます。