親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

書評 心が「ほっ」とするほとけさまの50の話(岡本一志・親鸞会講師)高森顕徹会長の歩んだ道をたどり始めた講師部員

宗教法人浄土真宗親鸞会講師・岡本一志氏(おかもん)(一般社団法人全国仏教カウンセリング協会代表)の新刊・心が「ほっ」とするほとけさまの50の話 を読みました。


偶然にも、最近同じく宗教法人浄土真宗親鸞会講師・長南瑞生氏の本も出版されましたので、その二つを読んで思ったことを書きます。そちらの書評は、以下を参照下さい。
shinrankaidakkai.hatenablog.com


内容に関しては、以下Amazonより引用します。

やさしい心には、やさしい出来事が集まってくる――
どんな問題にも、ほとけさまは「答え」を示しています!

仕事、生活、人づきあい、自分のこと、将来のこと……。
生きることは、それだけで大変なこと。
そんな私たちの心の問題に答えを示してくれるのが、
今から2600年前に、ほとけさま――お釈迦さまが説かれた教えです。
本書を、お釈迦さまによるお悩み相談室に
来たような気持ちで、読んでみてください。

●「運が悪い」「ついてない」ことなんて、本当にある?
●悪口が聞こえても、受け取らなければ、風や雨の音と同じ
●「曲がった松の木」を真っすぐに見ようとしていませんか
●地獄の住人と、天国の住人の「違い」はどこにある?
●家族・友人――“釣った魚”にこそ餌をあげよう
●まいたタネは、いつかかならず花ひらく
●「つらい出来事」の受け止め方で、これからが変わっていく

上記のような内容について、50のエッセーを書いたのが本書です。私はこの本を読んで見ましたが、少なく見ても50のうち28は、親鸞会で聞いた話でした。以下は、そこに付せんを貼った画像です。
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以前に書評を書いた長南瑞生氏の本と同様、「浄土真宗の教え」ではなく「ほとけさまの話」として書かれています。そのため、私自身がこのブログで書いているような「それは浄土真宗ではない」という批判に対しては何を言ってもあまり意味のない本になっています。

この本については岡本一志氏は、自身のブログで以下のように書いています。
ameblo.jp

頭で書こうとしていたから書けなかったんだ。
これまで出会った皆さんを思い出しながら書けばいいんだ
と思うとすらすらと筆が進むのです。

年末年始は実家にこもってひたすら執筆、
朝、書き始めて、我に返ると夜になっていました。

こんな感じで本を書いたとのことですが、私もブログを書いていていわゆる「ノッてきた」というときは時間感覚がなく一気に書きます。そうして、書いたあとで「自分はこういうことが言いたかったんだ」と気がつくようなものが「書く」という行為です。


今回「心がほっとするほとけさまの50の話」で、著者の本心というか決意表明のような部分があったので引用します。

どんなに努力しても、目的が間違っていたら、めざすところにたどり着くということはありません。
逆に、正しい目的に向かっているなら、仮に歩みが遅くても、最後にはかならず、たどり着けます。
努力はとても大切なことですが、その前に何のための努力なのか、それは正しく目的に向かってのことなのかということが、ハッキリしていなければなりません。
もし、がんばっているのに空回りしている、がんばっても進んでいる感じがしないと思ったら、自分は何のために努力をしているのかを、改めて振り返ってみてみましょう。(P206-P207)太字は原文ママ

計らずも本心が書かれているのだなと思いました。「がんばっているのに空回りしている、がんばっても進んでいる感じがしないと思ったら、自分は何のために努力をしているのかを、改めて振り返ってみてみましょう」と岡本一志氏は振り返ってみたのでしょう。その結果が「一般社団法人全国仏教カウンセリング協会代表」としての活動になりました。

まとめ 高森顕徹会長の歩んだ道をたどり始めた岡本一志氏

親鸞会講師部員は、「会長先生の歩まれた道を進むのだ」と会のなかで言われてきました。文字通りに実践すると、この岡本一志氏や、長南瑞生氏のような行動になります。
それは何故かといえば、高森顕徹会長は自身が元いた団体(華光会)もそこでいろいろと教えを受けてきた師匠の名前も、一切公にはしていないからです。そして、大半はその元いた団体で師匠から聞いた話を、さも自分の話のように人に話をしてきました。
そのような高森顕徹会長と同じ道を歩むのならば、別団体を立ち上げ親鸞会高森顕徹会長の名前も一切隠して、しかも話の内容の大部分が親鸞会で聞いたものということになります。この2名だけでなく今後も社団法人○○仏教○○○○とか、株式会社仏教○○○というのが出てくることでしょう。著者略歴に、曖昧な部分が多いものは親鸞会講師または元親鸞会講師と思って間違いないでしょう。

最後に著者2人へ「浄土真宗を信じていますか?|

どんな道を歩むのも人の自由ではありますが、ただ著者に聞いて見たいのは「浄土真宗を信じていますか?」の一点です。
もう信じていないということならば、大変残念なことですがそれもご縁と思います。もし信じているのであれば「仏教風のカウンセリング」をするヒマがあったら、南無阿弥陀仏を聞いて自身の生死を離れて下さい。