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親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

映画「なぜ生きる」を百回みたら祝賀会・ラジオ朗読「なぜ生きる」が「浄土真宗親鸞会の時間」に変わった件

nazeikiru-eiga.com
映画「なぜ生きる」は、上映館を変えては9月10月も上映され続けています。上映が始まった映画館の地元会員は、土日が「映画鑑賞の日」となり、映画館に足を運んでいます。親鸞会のお膝元の「TOHOシネマズ高岡」は5月から、約半年近くロングラン上映をしています。

そうはいっても、さすがの会員も、4回、5回と映画館で覩て感動するには無理があるのが、この作品です。改めて映画「なぜ生きる」に描かれていることを、一言で言えば「何回でもこの映画を覩なさい」以外にありません。高森会長の意図に対して、まっすぐ従う会員は、その通りに何回も映画館に足を運んでいます。とはいえ、10回以上も覩るには「作品の内容を覩る」というよりは、「覩たという事実の積み重ね」に対する何らかの動機付けが必要です。そこで、親鸞会ではこの映画「なぜ生きる」を、100回覩たら(前売り券で言えば100枚使ったら)祝賀会に参加できるという企画を出しました。

例えば、一人で一回映画館に足を運んだら「一了顕」(こういう単位だそうです。了顕とは映画「なぜ生きる」の主人公の名前)、知人を一人誘って自分も映画館に行けば、「二了顕」、知人を9人誘って自分が映画館に行けば「十了顕」となります。そうして「百了顕」までいくと、温泉旅館で開かれる祝賀会の参加資格が得られるとのことです。その触れ込みで各支部の幹部会員は「百了顕」分の前売り券を百枚購入することを勧められていました。(一枚1400円ですから、14万円)しかし、そうやって「百了顕」を達成した会員であっても、祝賀会参加に関してはまた数万円の参加費を払うことになるのだ親鸞会です。


今回の「百了顕祝賀会」は、親鸞会からいえば、相当な「功労者」です。それに報いるのが、祝賀会です。そうなれば、参加費は会が負担するのが筋というものです。親鸞会では、一事が万事このように進んで行きます。例えば、私が親鸞会の支部長をしていたころ、「正本堂落慶法要」が行われました。正本堂建立に多額のお布施をした会員の方から「建立に布施したいわば施主が、落慶法要に5万円払わねばならないとはどういうことか?どれだけの思いをして多額の布施を無理して出したと思っているのか?普通は、招待してもおかしくないのではないか?」と言われたことを強く覚えています。当時も全く反論できませんでしたが、この方の言われることは正論です。いうなれば、自分が家を新築して新築祝いをしたとします。その新築祝いに、自分で「ご祝儀」を包むでしょうか?そういうおかしなことが親鸞会ではまかり通っているということです。


こうして映画「なぜ生きる」を親鸞会を挙げて猛プッシュしている親鸞会ですが、映画の中には「宗教法人浄土真宗親鸞会」の文字は出てきません。偽装勧誘に利用するのだろうと思っていましたが、最近変化がありました。


それは、ラジオで放送していた「なぜ生きる朗読版」の番組名が、「浄土真宗親鸞会の時間」に変わったことです。
www.shinrankai.or.jp
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今迄は、ラジオ放送を聞いても「浄土真宗親鸞会」の名前は出てこなかったのが、突然「浄土真宗親鸞会の時間」に変わりました。当面は、内容は以前と同じ「朗読版なぜ生きる」です。
www.10000nen.com


これを見るに、親鸞会が偽装勧誘を改めたのかといえば、おそらくそうではないと思います。親鸞会の情報がラジオ局の知るところとなり、番組名を変えざるを得なかったのでしょう。多くの人が御存知のように、ラジオ番組には、いろいろな宗教団体がその団体名を名乗っているものが複数あります。その意味から言えば、もともと親鸞会がその名前を隠してラジオ番組を始めなければならない理由は何もありません。それにも関わらず、親鸞会がその名前を隠したのは、高森会長が何かあった時に責任を取りたくないからです。


それにも関わらず、ラジオ番組も「浄土真宗親鸞会」の名前を出さなければならなくなった現在は、偽装勧誘がいよいよ時代に合わなくなった証拠です。ラジオだけでなく各地のアニメ上映会も「親鸞会」の名前を出して行うことを元会員として親鸞会に求めます。