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親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

書評5「なぜ生きる2」(高森顕徹著 1万年堂出版)第2章について

なぜ生きる2について

今回から、章ごとにわけて書いて行きます。

はじめに
1章 人生は、生きることの苦しみから始まる
2章 苦海の人生に大船ありー難度海の人生が、明るい広海に転回する

なぜ生きる 2

なぜ生きる 2

目次

はじめに については、以前のエントリーで書いたものとします。
次の1章については、生きることの苦しみについて書いてあるだけなので特に書くことはありません。

今回は「2章 苦海の人生に大船ありー難度海の人生が、明るい広海に転回する」の気になるところについて書きます。

弥陀にはどんな人も、この大船に乗せて、絶対の幸福にするお力があるのである。
以下は,その文証(経典や聖教の根拠)である。

難思の弘誓は、難度の海を度する大船、
無碍の光明は、無明の闇を破する慧日なり。(『教行信証』総序)

(なぜ生きる2 P34より)

冒頭に出てくる文章ですが、この「なぜ生きる2」の特徴である、先に著者(高森顕徹会長)の意訳が出た後に、原文が出るというスタイルです。しかし、このスタイルの問題は、先に出てくる意訳が、原文と対応してない箇所がいくつもあるという点です。

上記の箇所では「無明の闇」の解説が、意訳の箇所にはまるでありません。一応註釈には

無明の闇…暗い心(阿弥陀仏の本願を疑う心)(なぜ生きる2 P34より)

とありますが、これも前作「なぜ生きる」では、「無明の闇=死んだらどうなるか分からない心」と散々書いていたことをあっさりと変更しています。今回の「なぜ生きる2」では、無明の闇を前著のように解説している箇所は見当たりません。

他の親鸞会批判ブログにも書かれているところですが、ネット上の批判を受けた箇所はこっそりと訂正しているのが本書の特徴です。
参考までに、「無明の闇=死んだらどうなるか分からない心ではない」と書いたエントリーを紹介します。

参照記事

「疑情≠無明の闇というのは私にとって驚愕でした。今までずっと二つの心はイコールだと思っておりました。そうすると無明の闇というものがなんなのか分からなくなってきたのですが、弥陀に救われると無明の闇もなくなるんですか?」(KYさんのコメント) - 安心問答(浄土真宗の信心について)
忙しい現役会員のための「無明の闇・疑情・後生くらい心」 - 親鸞会を脱会した人(したい人)へ


また、この意訳のように「弥陀にはどんな人も、この大船に乗せて、絶対の幸福にするお力があるのである」のであるならば、この本の趣旨である「三願転入(親鸞会流)しなければ救われない」という理屈は成り立ちません。「どんな人も」と言いながら、その実際は「自惚れ心が粉砕されるまで善を実行できた人」ということですから、どう読んでも「どんな人も」とはなりません。

摂取不捨の真言の解説(P36)

「誠なるかなや、摂取不捨の真言、超世希有の正法」(『教行信証』総序)

誠であった、弥陀の本願。うそではなかった。

(なぜ生きる2P35)

ここで気になるところは、「摂取不捨の真言」を「弥陀の本願」としているところです。

ちなみに、同じ箇所を現代語版(本願寺出版)ではどのようにしているかを比較として紹介します。

如来の本願の何とまことであることか。摂め取ってお捨てにならないという真実の仰せである。世に超えてたぐいまれな正しい法である。

摂取不捨の真言とは、言い換えれば「南無阿弥陀仏」です。南無阿弥陀仏は「真実の仰せ」であって、私に常に働きかけ、呼びかけられる仰せです。そのような本願力回向が、「なぜ生きる2」の意訳では全く出てきません。それ以降もそのような表現はほとんどありません。


「ただ今お前を摂め摂って捨てないぞ」と私に呼びかけられるのが、南無阿弥陀仏です。助けて欲しければ善をして、自惚れ心を粉砕せよ、実践せよとはいわれていません。


上記の点で、この「なぜ生きる2」は浄土真宗の本とはとてもいえない内容です。現役会員の方の多くは、一読して二度と開かないと思いますが、よくよく読んでそのおかしなところに気がついてもらいたいと思います。百回読んだら、親鸞会を辞める気持ちになるでしょう。


逆説的に言えば、親鸞会にとどまり続ける会員のみなさんは、高森会長の「お話」を「真剣に」聞いていないのです。また、高森会長の著書を「真剣に」読んでいないのです。「真剣に」この「なぜ生きる2」を読んだら、親鸞会に留まりづける理由は全くありません。どうか、このエントリーを読まれた会員の方は、高森顕徹会長(宗教法人浄土真宗親鸞会)の本を「真剣に」読んでください。もっといえば、この「なぜ生きる2」は、「どんなことを書いても会員はまともな読解力がないんだから何を書いてもいいんだ」という意図に従ってかかれています。ハッキリ言えばバカにされているのが現役会員なのです。そのことを自覚して、手元にある「なぜ生きる2」を読んでみてください。「なんんじゃこりゃ?」と感じられたら正解です。