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親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

高森顕徹会長(浄土真宗親鸞会)のよく言う「聞思して遅慮するな、モタモタするな」について考える

降誕会の話(3)「聞かなければ分からないから、聞く場所が必要」 : あさ川進の、宗教と私を読みました。
タイトルにも書いた「聞思して遅慮するな、モタモタするな」という高森会長の言い回しは、私も以前何度も聞いたことがあります。


ここ最近の親鸞会機関紙を見ても、同様の表現が法友通信に載っています。
どの号もほぼ内容が同じなので、最近の高森会長の話はこの話が多いようです。
まとめて言うと、「全人類は滝つぼに向かって進んでいる船に乗っているようなものだから、早く弥陀の願船に乗り換えろ。それには聴聞に極まるので、モタモタするな」というものです。


現在も親鸞会会員の方にこの話を聞いてみると、この表現を聞いた方は以下のように感じたり、支部長が話をしているのを耳にしているそうです。
「『モタモタするな』といわれたので、急がなければならないのです。」
「『モタモタするな』といわれたので、毎月富山に行かねばならないのです。」
「『モタモタするな』といわれたので、朗読版歎異抄をひらくのラジオ放送の為のお布施の用紙を出さなければならないのです。」
「『モタモタするな』といわれたので、早く地元に会館を建てねばならないのです。」


どうも「モタモタするな」という言葉は、「きびきびと高森会長の指示を聞け」「親鸞会で推進されていることを実行せよ」と受け取るようです。私も過去にはそのように考えていました。


ちなみに、「もたもた」の意味は、辞書で引くと以下のものです。

もたもた(副)スル
人の動作や物事の進行が,のろくてきびきびしないさま。「―走る」(スーパー大辞林より)

この「聞思して遅慮することなかれ」の親鸞聖人のお言葉を「モタモタするな」と説明するところに、高森会長の意図がよく表れています。元々の親鸞聖人のお言葉と意味が全く違います。

たまたま行信を獲ば、遠く宿縁を慶べ。もしまたこのたび疑網に覆蔽せられば、かへつてまた曠劫を経歴せん。誠なるかな、摂取不捨の真言、超世希有の正法聞思して遅慮することなかれ。(教行信証総序)

http://goo.gl/b7OvC

この親鸞聖人のお言葉は、「本願をそのまま聞きなさい、あれこれ計らうな」と信を勧め、疑いを捨てよと勧められているお言葉です。ただ今救うという本願の仰せに従いなさい、あれこれ計らうことをやめなさいと言われているお言葉です。
阿弥陀仏の仰せに対してあれこれ計らうな、それは捨てよと言われています。


しかし、高森会長の説明を聞いた会員の感想や支部長はそのように受け取ってはいません。
一言で言えば高森会長が「オレの指示を聞け」「会館を建てろと言っているのに、なぜ全国に会館が建たないのだモタモタするな」と言っていると受け取っています。


これは、聞いた人が勝手に受け取っているのではなく、高森会長が常にそのように会員をみているからです。その会長の思いをそのまま受け取れば今まで書いたような理解になります。


「聞思して遅慮することなかれ」の親鸞聖人のお言葉は、あれこれ指示する人間の言葉にふりまわされるのではなく、ただちに本願を聞きなさいという意味です。「モタモタするな」と聞かされて、急いでどこかに進むのではなく、この場で本願の仰せを聞きなさい、「急がなければ」「光に向かって進まねば」というあれこれ計らうことは全部捨てものです。今すぐこの場でそれらは捨てて、ただ今本願に救われてください。