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親鸞会を脱会した人(したい人)へ

宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)の為に、親鸞会とその教義の問題について書いたブログです。

関連資料:顕正新聞平成24年11月15日号(木)掲載「方便破壊」について

「方便破壊せしものは」のご和讃の「方便」についてのコメントまとめ - 宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)へに関連して、親鸞会機関誌顕正新聞に掲載されていた記事を一部紹介します。


顕正新聞平成24年11月1日号の一面に掲載された記事を読んだ会員の感想が、次の11月15日号に掲載されていました。

11月1日号の内容については、以前書いた以下のエントリーを参照下さい。
親鸞会機関誌顕正新聞11月1日号は「方便破壊の群賊悪獣に賜る 直筆の『ご和讃』発見される」と聞いて思ったこと - 宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)へ
顕正新聞11月1日号にある「方便破壊」は、「方便を破壊」ではなく「種々の手段(方便)で破壊する」こと - 宗教法人浄土真宗親鸞会を脱会した人(したい人)へ

真宗界に大激震
富山県 男性
『方便を破壊する者は、弓削の守屋と思え』。聖人の激しい怒りを感じます。
今回の発見が真宗界に与える影響は計り知れません。かつて善導大師の『観無量寿経疏』が中国仏教界に与えた衝撃に匹敵するかもしれません。
果たして、方便を排斥するやからは、これをどう読むのでしょうか。方便の教えは尊いが、我々の救いには関係ないと意味不明の説を唱えるのか。ノックアウト寸前の者たちの笑劇がまもなく始まろうとしています。(以下略)


「方便不要」は守屋と同じ
神奈川県 男性
阿弥陀仏が私たちを真実の十八願まで導くために、必要不可欠な方法手段として建てられたのが、十九、二十の方便願だと教えて頂きました。
そのご方便を「不要」とうそぶく者たちは、『弓削の守屋と同じ』と親鸞聖人がお怒りになっている「方便破壊」の者に違いありません。「そんな者に決して近づくな」とのみ教えを肝に銘じ(以下略)
(宗教法人浄土真宗親鸞会機関誌 顕正新聞平成24年11月15日号より)


顕正新聞11月1日号の記事が正しいという前提で言えば、このような感想が出てくるのも当然です。これを読むと、宗教法人浄土真宗親鸞会高森顕徹会長が教えている「方便」の定義がよくわかります。


まとめますと

方便=19願、20願であり、18願まで導くために必要不可欠な方法手段(宗教法人浄土真宗親鸞会機関誌からみる親鸞会の公式見解)

となります。


特に現在親鸞会の会員の人によく考えていただきたいことです。
18願が真実だとしますと、18願は何のために建てられたのでしょうか?それは、私を浄土往生させ仏に生まれさせるためです。
あえて「目的」という言葉をつかいますと、「浄土往生・成仏」(目的)のための方法手段が「18願」です。

親鸞会の理屈では、18願だけでは不足があるので、それを補完するために19願、20願を建てられたということになります。補完しなければならない18願なら、どうして「選択本願」といわれるでしょうか?


最後に、この和讚の「方便破壊せしもの」は、以前のエントリーに書きましたが「種々の方法をもって仏徳を破壊するもの」という意味であって、「方便を破壊するもの」ではありません。